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スティーヴ・ライヒの音楽 Music of Steve Reich

 
スティーヴ・ライヒの音楽 Music of Steve Reich
2023年~2024年 執筆
目次 Contents
§0. 序
§1. 1960年代の作品
 弦楽オーケストラのための音楽 1961
 プラスチック・ヘアカットのための音楽 1963
 2台以上のピアノのための音楽 1964
 ライブリフッド 1964
 オー・デム・ウォーターメロンのための音楽 1965
 イッツ・ゴナ・レイン 1965
 カム・アウト 1966
 リード・フェイズ 1966
 メロディカ 1966
 ピアノ・フェイズ 1967
 ヴァイオリン・フェイズ 1967
 スローモーション・サウンド 1967
 マイ・ネーム・イズ 1967
 振り子の音楽 1968
 パルス・ミュージック 1969
 4つのログドラム 1969
§2. 1970年代の作品
 4台のオルガン 1970
 フェイズ・パターン 1970
 ドラミング 1971
 拍手の音楽 1972
 6台のピアノ 1973
 木片の音楽 1973
 マレット楽器, 声とオルガンのための音楽 1973
 18人の音楽家のための音楽 1976
 大アンサンブルのための音楽 1978
 管楽器, 弦楽器, 鍵盤楽器のための変奏曲 1979
§3. 1980年代の作品
 テヒリーム 1981
 ヴァーモント・カウンターポイント 1982
 エイト・ラインズ (八重奏) 1983
 砂漠の音楽 1984
 セクステット (六重奏) 1984
 ニューヨーク・カウンター・ポイント 1985
 6台のマリンバ 1986
 3つの楽章 1986
 エレクトリック・カウンターポイント 1987
 ザ・フォー・セクションズ 1987
 ディファレント・トレインズ 1988
§4. 1990年代の作品
 昨日の午後 1991
 ザ・ケイヴ 1993
 デュエット (二重奏) 1993
 名古屋マリンバ 1994
 プロヴァーブ 1995
 シティ・ライフ 1995
 
トリプル・カルテット (三群の四重奏) 1998
 汝の上にあるものを覚えよ 1999
§5. 2000年以降の作品
 3つの物語 2002
 ダンス・パターンズ 2002
 チェロ・カウンターポイント 2003
 ユー・アー (変奏曲) 2004
 ヴィブラフォン, ピアノ, 弦楽器のための変奏曲 2005
 ダニエル変奏曲 2006
 ダブル・セクステット (二群の六重奏) 2007
 2×5 2008
 マレット・カルテット (マレット四重奏) 2009
 WTC 9/11 2010
 レディオ・リライト 2012
 カルテット (四重奏) 2013
 パルス 2015
 
ランナー 2016
 ボブのために 2017
 アンサンブルと管弦楽のための音楽 2018
 ライヒ/リヒター 2019
 旅人の祈り 2021
 
§3. 1980年代の作品 1980s Works
 1960年代から1970年代において, ライヒは様々な角度から実験を試み模索しつつ徐々に作曲の方向性を確立してきた.
 その過程で編み出された種々の手法については前節の冒頭で掲げた. その後に現れた手法も含めて再掲するならば, 以下のように要約できよう.
 
 まず, 12音技法に端を発する
基本音型の反復
[1]
メロディーループ」(melody loop),「ハーモニーループ」(harmony loop)
であり, 既述したようにこれらは最初期の作品から採り入れられている. 後者は
複数種の協和音列の反復であって, 12音技法において使用されることは稀である.
 
 また, 複数声部により同時に奏出し始めた基本音型を
テンポや開始拍の位置に差異を設けることで得られる
[2]
連続型 / 離散型フェイズシフト」(continuous / discrete phase shift)
もライヒの作品における代表的な手法である. 前者は『
イッツ・ゴナ・レイン』で初採用, 後者は『拍手の音楽』で初採用となり, 以後, 多くの作品において採用されている.
 
 更に,
基本音型の音価やパルス間隔を徐々に延長 (短縮) させる
[3]
拡大型 / 短縮型フェイズシフト」(expanded / shortened phase shift)
も採用頻度の高い手法であった. 前者の初出は『
振り子の音楽』, 後者の初出は『マレット楽器, 声とオルガンのための音楽』である.
 
 
基本音型の一部の音符を休符に (休符を音符に) 漸次的に置き換えていく
[4]
離散型ディゾルヴシフト」(discrete dissolve shift)
も多くの作品に採り入れられた. これは『
ドラミング』で初採用されている.
 
 なお, 同作品では, (第1セクションから第2セクションへの移行時, 第2セクションから第3セクションへの移行時に)
異なる奏者間に奏法おいてフェイドインとフェイドアウトが並行する
[5] 連続型ディゾルヴシフト」(continuous dissolve shift)
も初採用されている.
 
 指揮者をもたない大規模なアンサンブルにおいて,
テンポ設定やセクション移行の合図を奏者自身が司る
[6]
パルスコンダクター」(pulse conductor),「ハーモニーコンダクター」(harmony conductor)
も, ライヒ独特の手法と言えよう. 前者は『
4台のオルガン』において, 後者は『18人の音楽家のための音楽』において初採用されている.
 
 また,
フェイズシフトにより生成された音型の一部を楽器や声を重複させる
[7] オーヴァーラップライン」(overlap line)
や,
言葉の抑揚がもつピッチを楽音とする
[8]
スピーチメロディー」(speech melody, ライヒ自身による命名)
もライヒの作品を特徴づける重要な手法であろう.
 前者は『
ヴァイオリン・フェイズ』で初採用, 後者は初期のテープ作品を除けば『ディファレント・トレインズ』において初採用となる.
 
 『
ディファレント・トレインズ』には, 物音や話声の録音素材を切断, 接続して反復させる
[9]
サウンドコラージュループ」(sound collage loop)
も採り入れられている. これは, 初期のテープ作品において実験的に用いられた手法であり, 後述する『
ザ・ケイヴ』,『シティ・ライフ』,『
3つの物語』においても効果的に採り入れられている.
 
 録音素材を用いる演奏上の手法として,
一人の奏者があらかじめ録音した録音した複数のパートを同時再生してソロパートの実演を加える
[10]
オーヴァーダブプレイ」(overdub play)
がある. 初期のテープ作品を除けば『
ヴァイオリン・フェイズ』を初出とし, 後述する「カウンターポイント」四部作にも現れる手法である.
 
 更に,
和音の中の一つまたは二つずつ音を変化させる (付加または削除する) ことで次の和音へと遷移させる
[11]
ハーモニーシフト」(harmony shift)
も『
管楽器, 弦楽器, 鍵盤楽器のための変奏曲』以降, 後述する『3つの楽章』や『ザ・フォー・セクションズ』など, よく見られる手法である.
 
 ライヒの音楽を特徴づける手法は, 以上に挙げたものでほぼ尽くされていると言えよう. 1980年代以降は, これらの手法の複数または一部分を採用することで作品が構成されることになるのである.
 
 以下, 引き続き, ライヒの作品においてこれらの手法がどのように展開されたのかを見ていくことにしたい.
 
 

 
テヒリーム Tehillim 1981
 前作『管楽器, 弦楽器, 鍵盤楽器のための変奏曲』では, ライヒは, 上掲したような手法を個々に (明確に) 分類し得るようには作曲しなかった. これらを複合的に用いつつ, 音楽的内容の表現を優先させた作品に仕上げたのである.
 同様にこれを前面に押し出した作品が, 傑作『
テヒリーム』である.
 
 ライヒによれば, この標題 (“teh-hill-leem”と発音する) は旧約聖書における「詩篇」を意味するヘブライ語で,「ハレルヤ (主を讃美せよ)」の語源であるという.
 
 初期のテープ作品を除けば, これまでの作品では『
ドラミング』や『マレット楽器, 声とオルガンのための音楽』の場合のように, 言葉としては意味をもたないシラブルを伴う楽音として声楽を用いてきた. しかし, この曲における声楽は, それ自体が音楽的内容を表現する重要な役割を担っている.
 
 この曲における歌詞の大意は「神の栄光と全知全能性及び人類への慈愛を讃美せよ」である.
 ユダヤ系の両親をもち, 幼少時にユダヤ教の洗礼を受けたライヒは, 折あるごとに自身の出自を意識してきたのであろう. 彼が1976~1977年頃にヘブライ語経典の伝統的な詠唱を研究したことについては先述した. ユダヤ教に対して常に強い関心を抱いていたものと見える. 後年,『ディファレント・トレインズ』,『ザ・ケイヴ』,『ダニエル・ヴァリエーション』などを作曲した所以であろう.
 
 ライヒ自身,「私のユダヤ教信仰に沿ってヘブライ語に音楽を付したくなった」と述べている.
 彼は『テヒリーム』において, 言語がもつ意味やシラブルに沿ったダイナミックな音楽を創作したのであった. ただし, ライヒ自身がピエール・ラミー (Pierre Lamy) のインタヴューで語ったところによれば,「この曲はヘブライ語の歌の伝統とは無関係」であるという.
 
 私が所有するCD

 

『テヒリーム』CD
(ECM Records POCC-1507)

 
のライナーノートにおいて, ライヒは「旋律素材としてユダヤ音楽風の旋律を用いてはいない」,「欧米のユダヤ協会では詩篇を歌うための口伝の伝統は失われ」たため「口承による伝統を模倣したり無視したりせず, 自由に作曲できた」と記している.
 
 この曲では, 上記のようなライヒ特有の手法ではなく, 以前の作品には見られなかった手法が顕著に現れる. それは, 古典的な西洋音楽においては一般的によく用いられる手法である.
 
 歌詞のイントネーションに沿った高低差のある
明確なメロディーラインをもち, 複数の声部が重奏 (重唱) ないし平行カノンを形成する.
 その結果, これまでの作品に見られたようなミニマル的要素をもつ短い反復音型は姿を消すこととなった.
 
 歌詞のアクセントやリズムに沿った変拍子系のリズムパターンをもち, 内容に応じて
曲中でのテンポ変化 (メノモッソやアッチェレランド) が存在する. 歌詞の意味に沿って, 並行三度~六度, 三声の開離和音, 音量変化などを柔軟に対応させるのである.
 
 これらの手法は, 音楽全体の構造を明確に浮き立たせ, 聴者の感情を昂揚ないし沈着させる効果をもって
聴く者の心に深く訴える音楽を創出する.
 
 作品は, 急-急-緩-急のテンポをもつ4つのセクション (スコアでは Part I~IVと記載される) から成る, 演奏時間にして約30分の音楽である.
 楽器編成は, ピッコロ, フルート, オーボエ, コールアングレ, クラリネット2, ファゴット (オプション), パーカッション6 (マラカス, 拍手, マリンバ, ヴィブラフォン, クロタル, 調律されたタンボリン), 電子オルガン2(またはシンセサイザー), リリックソプラノ2, アルト, ハイソプラノ, 弦楽五部である.
 
 
ライヒのこれまでの作品の中では最も編成規模が大きく, 1994年に出版されたブージー&ホークス販のスコア

 

『テヒリーム』スコア
(Boosey & Hawkes, 1994)

 
は,『18人の音楽家のための音楽』や『管楽器, 弦楽器, 鍵盤楽器のための変奏曲』などのそれよりも大型で重厚な冊子になっている.
 
 Part I におけるヘブライ語の歌詞は
 
[i] Ha-sha-mý-im meh-sa-peh-rím ka-vóhd Káil,U-mah-ah-sáy ya-díve mah-gíd ha-ra-kí-ah.
  (もろもろの天は神のえいくわうをあらはし 穹蒼はその手のわざをしめす)

 [ii] Yóm-le-yóm ya-bée-ah óh-mer,Va-lý-la le-lý-la ya-chah-véy dá-aht.
  (この日ことばをかの日につたへ このよ知識をかの夜におくる)

 [iii] Ain-óh-mer va-áin deh-va-rím,Beh-lí nish-máh ko-láhm.
  (語らずいはずその聲きこえざるに そのひゞきは全地にあまねく)

 [iv] Beh-kawl-ha-áh-retz ya-tzáh ka-váhm,U-vik-tzáy tay-váil me-ley-hém.

  (そのことばは地のはてにまでおよぶ)
であり, これは「詩篇 第19篇1-4節」(日本聖書協会『舊新約聖書』から引用) に該当する.
 
 音楽は, 拍手とタンボリンのパルスを伴う旋律を独唱するところから始まる (スコア上ではRM.A). これまでは, 定型リズムを伴う基本音列をもつ作品が多かったが, この曲では (歌詞に沿った)
変拍子による不規則なリズムを特徴としている.
 『
テヒリーム』を実演する際は指揮者を立てる場合が大半であろうから, 打楽器のリズムは「パルスコンダクター」には該当しない.
 
 旋律として聴き取れるのは\(\,\mathrm{\small{G}}\,\)ドリアであるが, 記譜上の調号は\(\,\flat\,\)が1個のみである. ライヒによれば, ドリア旋法ではなく単純な\(\,\mathrm{\small{d}}\)-\(\mathrm{\small{Moll}}\,\)として構成した旋律であり, この曲の最後部でこれを\(\mathrm{\,\small{D}}\)-\(\mathrm{\small{Dur}}\,\)として解決させるという構造を目論んだらしい.

 

 
 因みに「メロディーループ」の構成元となるこの旋律は (これまでのライヒの作品には見られなかったような) 30小節にも及ぶ息の長いフレーズであり, この類のフレーズは『テヒリーム』全曲に渡って現れる. ライヒの作品が「ミニマルミュージック」の分野から完全に離脱したことを示すものである.
 
 上記の歌詞
([i]~[iv]) をひと通り歌い終えると, クラリネットを重ねて再度同一の旋律を繰り返す (RM.B). この2巡目の箇所においては, 第2拍手奏者と第2タンボリン奏者がカノン奏法を展開する. すなわち, 第1奏者のリズムから八分音符の音価で4個分だけ遅らせた拍から同一のリズムパターンを開始するのである.
 

 
 歌詞 ([i]~[iv]) の2巡目が終わると, 次は第2クラリネットと第1リリックソプラノが加わり, 平行カノンが展開される (RM.C). すなわち, 第2奏者が第1奏者の旋律から八分音符の音価で2個分だけ遅らせた拍から同一の旋律を開始するのである. 拍手とタンボリンについては RM.Bと全く同一である.
 
 この3巡目の部分における旋律は, 聴く者には RM.ABと何ら変わりなく感じられるであろう. 実際, 旋律や歌詞, カノン自体には特記すべき点はないのであるが, スコア上では拍子の取り方が変化する.
 

 
 RM.A, Bと同一の歌詞及び旋律であるにも拘らず, 表記上の拍子を変更した理由は何であろうか. 追唱部分を冒頭部の拍子と一致させるためとも解釈できるが, 後半部ではその原則は崩されており, 一貫性はない.
 
 次の4巡目 (RM.D) では, 以上の奏者が再び同一のフレーズを反復する中, 弦楽五部の和声がヴィブラートを施さずにこれに加わる. ここで音楽はいくらか華やかな雰囲気に変わる. 先ほどの拍子の変更はこの弦楽五部の和声変移に即しているように思われる.

 

 
 RM.の部分は反復されるが, 楽譜上ではリピートは用いられず, 事実上のリピート部分は RM.Eとして譜面が記載されている.
 因みに, Part I において弦楽五部に用いられる和声は約20種類に及ぶ. これらは重複や反復は見られるものの, 特に明確な規則をもつ「
ハーモニーループ」を形成するものではない. その点は Part II 以降も同様である.
 
 RM.Fからテンポを落として Part I の展開部に入る.
 
 弦楽五部が一旦演奏を終えると, 声部は四声に増え, クラリネットの代わりにオルガン2台をこれに重複させて四声による平行カノンが開始される. 拍手及びタンボリンにマラカスが十六分音符のパルスをもって加わると, 前者はフェイドアウトをもって演奏を終える. 以後, しばらくの間はマラカスのパルス上で音楽が進行していくのである.
 

 
 この四声のカノンは Part I の聴きどころであろう.
 
 [i] の部分が
リピート記号を施された部分を含めて計10回反復される. 続いて, [ii] の部分もリピート記号を施された部分を含めて計10回反復されるのである. [iii] 及び [iv] の部分も同様に反復される.
 
 その後, 冒頭部の独唱がクラリネットによる重複をもってマラカスのパルス上で再現部が始まる (RM.BB).
 ここでは, 歌詞を一巡させる間に異なるピッチに調律されたタンボリン4台が次々に加わってくるため, 旋律は単声であるにも拘らず音楽は大変に賑やかになる.
 
 2巡目 (RM.CC) は再び弦楽五部の和声が加わって華やかさが増し,
[iii] に至っては調号が\(\,\mathrm{\small{D}}\)-\(\mathrm{\small{Dur}}\,\)(\(\sharp\,\)が2個) に変わって和声も更に色鮮やかな雰囲気となる.
 
 3巡目 (RM.DD) は旋律が二声になり, 女声及びクラリネットの第2声部は主旋律の六度下の音で重唱 (重奏) を開始する. その後, 二声は三度~六度の音程の和声を伴って歌詞を一巡させるのである.

 

 
 4巡目 (RM.EE) に入ると, 第2声部は歌詞 [i] の最後でフェイドアウトし, 再び第1声部による単旋律となる. 続いて [ii] の最後で弦楽五部による和声がフェイドアウトし, 歌詞が一巡すると, マラカス及び2個のタンボリンの乾いた音のみの間奏を挟んで音楽は途切れることなく Part II へ移行するのである.
 
 Part II におけるヘブライ語の歌詞は
 
[v] Mi-ha-ísh hey-chah-fáytz chah-yím, Oh-háyv yah-mím li-róte tov?
  (福祉をみんがために生命をしたひ存へんことをこのむ者はたれぞや)
 
[vi] Neh-tzór le-shon-cháh may-ráh, Uus-fah-táy-chah mi-dah-báyr mir-máh.
  (なんぢの舌をおさへて惡につかしめず なんぢの口唇をおさへて虛僞をいはざらしめよ)

 
[vii] Súr may-ráh va-ah-say-tóv, Ba-káysh sha-lóm va-rad-fáy-hu.
  (惡をはなれて善をおこなひ和睦をもとめて切にこのことを勉めよ)
であり, これは「詩篇 第34篇13-15節」に該当する.
 
 Part II は, Part I の最後尾と同一のテンポでリリックソプラノとアルトの二重唱から始まる (RM.A).

 

 
 このAs-Durの二重唱は拍手とタンボリンのパルス上でなされ, オーボエとコールアングレの重奏を伴う.
 六度や三度が多用される
前半は祈りと希望を込めた清々しい雰囲気を醸し出し, 完全五度が多用される後半は善行への勉めを促す高貴な雰囲気を醸し出している.
 
 ライヒによれば, 後半部の歌詞
[vii] における「惡を離れて」"súr may-ráh" の部分は下行形の旋律線を描き,「善をおこない」"va-ah-say-tóv" の部分は上行形の旋律線を描くようにしたという (上記譜例 (※) 参照).
 
 この
後半部は, 記譜上は\(\,\mathrm{\small{gis}}\)-\(\mathrm{\small{Moll}}\,\)であるが\(\,\mathrm{\small{H}}\,\)音が一切現れないため, 前半部の調性のエンハーモニック (\(\mathrm{\small{Gis}}\)-\(\mathrm{\small{Dur}}\)) と捉えられよう. 現に, 後述する RM.Eにおいては
[vii] の部分も\(\,\mathrm{\small{As}}\)-\(\mathrm{\small{Dur}}\,\)の調号を与えられている.
 以後, これを主要主題として音楽が展開されるのである.
 
 2巡目 (RM.B) は, 第2拍手奏者と第2タンボリン奏者及び弦楽五部の和声も加わって一層華やかな雰囲気が演出される.
 ライヒは, 歌詞
[v], [vi], [vii] 各々に1種類ずつ異なる和声を弦楽五部に割り当て, 2回繰り返される [vii] については2種類の和声を割り当てている.
 
 3巡目 (RM.C) は間奏に当たる部分で, 歌詞をもたない器楽演奏になる. ここでは, タンボリンのパルスと弦楽五部の和声を伴って, コールアングレとクラリネット奏者が先の二重奏 (二重唱) の下声部のみを単旋律として演奏する. ここにおいて聴者は主題における上声部を幻聴することになるであろう.
 
 RM.Dから Part II の展開部が開始される.
 
 ここでは, 拍手, タンボリン, 弦楽五部と共に, 主題の二重唱 (二重奏) に対する「
拡大フェイズシフト」が (オーボエとコールアングレ及び女声二部により) 施され, その後, 主題の様々なヴァリエーションが登場することになるのである.

 

 
 RM.Eは主題に基づく変奏曲と言えよう.
 
 これは, ソプラノ二声とアルトの女声三部による三重唱がオーボエ, コールアングレ, クラリネットの三重奏を伴って\(\,\mathrm{\small{As}}\)-\(\mathrm{\small{Dur}}\,\)の開離和音で開始される. これは, 上記譜例にハイソプラノが上声部を加えたもので, リリックソプラノとアルトの楽譜に何ら変更はない. とは言え, 上声部が加わることで, 聴く者には全く別の音楽に聴こえてくるのである.
 

 
 ここから Part II の曲終に至る部分は, 高低差をもつ抑揚を含んだ旋律や解放的で華やかな和声と活気に充ちた打楽器のパルスが続き, 聴く者に昂揚感と興奮をもたらす印象深い音楽になっている. この部分は『テヒリーム』全曲の中で私自身を特に陶酔させる部分であり, その音楽の美しさはライヒの全作品の中でも群を抜いていると言えよう.
 
 ライヒは, この曲を作曲する際, バッハのカンタータ第4番「キリストは死の縄目に繋がれたり」を何度も聴き, 曲に重厚感を与える手法を学んだという. この Part II については「クラリネットにオーボエを重ね, 更にコールアングレを声を重ねることで声の性格が変わる」と述べている.
 
 ライヒは, 先述したライナーノートにおいて,「善をおこない」"
va-ah-say-tóv" における「善」"tóv" の部分に「水晶のように鮮明な\(\,\mathrm{\small{A}}\!\:\flat\,\)上の長三和音」を割り当て, これを「ハイソプラノによる高\(\,\mathrm{\small{C}}\,\)音で歌わせた」と記している. 実際, この前後の音楽に対して特に光輝を放つ部分になっていることは間違いない.
 

 
 RM.Fは, 三重唱 (三重奏) は一旦休止され, マラカスが加わってRM.Eと同一の和声とリズムが反復される. 後半部で調号が\(\,\mathrm{\small{gis}}\)-\(\mathrm{\small{Moll}}\,\)に変わると新たな和声が現れ, 再び\(\,\mathrm{\small{As}}\,\)-\(\mathrm{\small{Dur}}\,\)に調号を戻したところでメリスマ様式による新たな変奏曲がRM.Gにおいて現れるのである.
 

 
 RM.Hに入ると, RM.Eと同様に, ソプラノ二声とアルトの女声三部による三重唱がオーボエ, コールアングレ, クラリネットの三重奏を伴って\(\,\mathrm{\small{As}}\)-\(\mathrm{\small{Dur}}\,\)の開離和音で開始される. これは, 基本的には上記譜例にハイソプラノによる上声部を加えたものであるが, 先の場合と異なり, この部分においては上記譜例における二声には幾らかの変更が加えられている.
 
 音楽は曲終まで緊張感と華やかさとを保持しながら続き, タンボリンと拍手のリズミカルなパルスをもって, Part II は突如として終わる.
 複数の楽章ないしセクションをもつライヒのこれまでの作品においては, 一つの楽章が終わるとアタッカをもって次の楽章ないしセクションへ移行するのが常であった. しかし,
この作品において初めて, 楽章間に休止が挟まれることになる.
 
 続く Part III では,「初めて書いた緩除楽章」とライヒ自身が述べるように, それまでとは正反対の性格をもつ静謐で緩やかなテンポの音楽に切り替わる.
 
 Part III におけるヘブライ語の歌詞は
 [viii] Im-chah-síd,tit-chah-sáhd, (なんじ憐憫あるものには憐あるものとなり)
 [ix] Im-ga-vár ta-mím,ti-ta-máhm. (完全ものには全きものとなり)
 [x] Im-na-vár,tit-bah-rár, (きよきものには潔きものとなり)
 [xi] Va-im-ee-káysh,tit-pah-tál.
(僻むものにはひがむ者となりたまふ)
であり, これは「詩篇 第34篇25-26節」
に該当する.
 
 Part III の冒頭部は, マリンバとヴィブラフォンによる\(\,\mathrm{\small{Cis}}\,\)音の不規則なリズムをもつパルス上でのハイソプラノとクラリネットによる単旋律から始まる. 直後に, リリックソプラノとオーボエの追唱 (奏) による平行カノンが形成される.

 

 
 注意すべきは, 歌詞 [ix] において, \(\mathrm{\small{A}}\!\:\sharp\,\)音すなわちドリアの6を与えている点と, 歌詞 [xi] において「僻むもの」"ee-káysh" の部分に\(\,\mathrm{\small{G}}\,\)音すなわち主音である\(\,\mathrm{\small{C}}\!\:\sharp\,\)音に対する減五度の音程を与えている点である. 後者はこれまでのライヒの音楽には存在しなかったハーモニーであるが,『砂漠の音楽』や『ディファレント・トレインズ』など, 後年の作品にはたびたび登場するハーモニーとなる.
 
 歌詞が二巡目に入ると (RM.B), マリンバとヴィブラフォンは異なる不規則リズムをもつ\(\,\mathrm{\small{G}}\!\:\sharp\,\)音のパルスを追加する. 3巡目の歌詞の部分 (RM.C) では, 上記のカノンにおける各声部は完全四度下の音を加え,「
拡大型フェイズシフト」の手法を展開する. 音程は次第に三度から六度まで拡大するが, "káysh" あるいは "tál" においては増五度が現れる. ここでは弦楽五部による和声も加わり, 特にチェロやコントラバスによる低音部が音楽に重厚感を加えるのである.
 
 Part III におけるマリンバとヴィブラフォンによる不規則リズムをもつパルスは, この作品以降,『
砂漠の音楽』や『ザ・フォー・セクションズ』を初めとして多くの作品に登場するライヒ独特の手法となる.
 
 RM.Dに入ると弦楽によるリズミカルな完全五度で構成される和音群が現れ, それまでの静謐で穏健な雰囲気が崩れ始める.

 

 
 その直後にコントラバスのソロでピッチカートによるグリッサンドが現れる (下記譜例 (※)). トゥッティの中でのピチカートグリッサンドであるから演奏効果については疑問が残るが, ライヒの作品における楽器法としては非常に珍しいと言えよう.
 

 
 RM.Eでは\(\,\mathrm{\small{gis}}\)-\(\mathrm{\small{Moll}}\,\)に調号を変え, 旋律の各声部は並行三度で息の長いフレーズを奏出する. 弦楽合奏を含め, 音域は次第に高音域へと移行する. マリンバとヴィブラフォンによるパルスは, これにコントラバスのピチカートが加わることによって鼓動の高鳴りのような雰囲気を醸し出すようになる.
 
 最後は徐々にテンポを上げていき, タンボリンのパルスがフェイドインすることで途切れることなく Part IV へと移行する.

 
 Part IV におけるヘブライ語の歌詞は
 
[xii] Hal-le-lú-hu ba-tóf u-ma-chól, (つゞみと蹈舞とをもて神をほめたゝへよ)
 
[xiii] Hal-le-lú-hu ba-mi-ním va-u-gáv. (絃簫をもて神をほめたゝへよ)
 [xiv] Hal-le-lú-hu ba-tzil-tz-láy sha-máh, (音のたかき鐃鈸をもて神をほめたゝへよ)
 [xv] Hal-le-lú-hu ba-tzil-tz-láy ta-ru-áh. (なりひゞく鐃鈸をもて神をほめたゝへよ)
 [xvi] Kol han-sha-má ta-ha-láil Yah, (氣息あるものは皆ヤハをほめたゝふべし)
 [xvii] Hal-le-yu-yáh. (なんぢらヱホバをほめたゝへよ)
であり, これは「詩篇 第150篇4-6節」に該当する.
 
 Part IV は Part II と同様, リリックソプラノとアルトによる三度から六度の音程差をもつ二重唱で始まる (RM.A). タンボリンのリズミカルなパルス上で冒頭から弦楽合奏も加わり, 神を讃美する昂揚感に溢れた活気ある音楽である.

 

 
 Part IV では, それまでに現れた手法が集約された形で現れる.
 
 歌詞の二巡目 (RM.B) は, アルト奏者と2人のリリックソプラノ奏者により主旋律の平行カノンが始まる. 弦楽五部によるハーモニー進行はRM.Aと同一であるが, ハーモニーが変移するタイミングは最初とやや異なる. これに伴い, 同一の主題にも拘らず, 表記上の拍子も変更が加えられている.
 
 音楽は一層の昂揚感を募らせ, 歌詞の三巡目 (RM.C) に入るとオルガン2台が女声部に加わりマラカスによるパルスも伴って華やかな四声による平行カノンが始まる. 以後, RM.Fまでは, [xii], [xiii]に該当する歌詞及び旋律が計5回反復されるのである.
 このカノンはRM.GからRM.Iまでは
[xiv], [xvi]に該当する歌詞及び旋律が計3回反復され, RM.JからRM.Nでは[xvi], [xvii]に該当する歌詞及び旋律が計5回反復される.
 
 RM.Oに入るとテンポは更に加速され, 主題に「
拡大フェイズシフト」が施されたメリスマ様式による三重唱 (奏) が始まる.

 

 
 RM.R以降, この三重唱が開離和音で構成されることで聴く者に音響的な拡がりが強く印象づけられる. RM.Rの最後にはハイソプラノにこの曲で唯一の最高音である\(\,\mathrm{\small{C}}\!\:\sharp\,\)音が割り当てられ, そのまま "Hal-le-yu-yáh" を連呼するコーダ (RM.S) へと進んでいく.
 
 コーダにおいてはピッコロ, フルート, クロタルが新たに加わる. \(\mathrm{\small{d}}\)-\(\mathrm{\small{Moll}}\,\)で開始されたこの曲は\(\,\mathrm{\small{D}}\,\)-\(\mathrm{\small{Dur}}\,\)に調号を変えて, 更に生き生きとした華やかな音楽を展開する.

 

 
 昂揚感が最高潮に達し, 一語々々 "Hal-le-yu-yáh" を強調するように叫んだところで, 10拍子系の高らかなパルス上で属十一の和音を継続して音楽は終わる.
 
 ライヒはこの曲について「これまでの作品の大半と異なり, 短い反復パターンに基づいていない. 一定の拍子やリズムパターンをもたない. リズムは ヘブライ語の歌詞のリズムによって決まり, 拍子が柔軟に変化する」と述べている. 先述した通り管楽器, 弦楽器, 鍵盤楽器のための変奏曲』も以前の手法の多くを捨象した作品であった.『
テヒリーム』に繋がる素地はこの前作において既に垣間見えていたのである.
 

 ライヒ自身が「
学生時代以来, 私が初めて歌詞に曲を付けた作品」と述べるこの『テヒリーム』は, 彼自身が「最高傑作」と自負する通り, 作曲技法の観点あるいは音楽的内容の充実度の観点から見て大変に優れた作品である.
 

 
ヴァーモント・カウンターポイント Vermont Counterpoint 1982
 この曲は, フルート奏者ランサム・ウィルソン (Ransom Wilson) の委嘱により作曲された, 1980年代における「カウンターポイント」三部作の第1作目である.
 
 『
ヴァイオリン・フェイズ』と同様,
オーヴァーダブプレイ」すなわち, あらかじめ録音した複数のセクションに合わせて一人の奏者が並奏するという多重録音演奏による形態と, 全てのセクションを異なる奏者が実演するというアンサンブル演奏による形態とが想定されている.
 
 11本のフルート属楽器のための曲であり, 内訳は, 実演する独奏者の他, テープ録音したフルートソロ, ピッコロ3, フルート3, アルトフルート3である. 独奏者はピッコロ, フルート, アルトフルートを持ち替えつつ全て演奏する.
 

『ヴァーモント・カウンターポイント』スコア
(Boosey and Hawkes, 1982)
 
 10分程度の演奏時間を要するこの曲は, 切れ目なく続く4つのセクションから成る.
 
 第1セクション (1~53小節) で採用された基本音型は, \(\mathrm{\small{d}}\)-\(\mathrm{\small{Moll}}\,\)スケールの7音の全てを一度ずつ用いたものである (下記譜例 (1)). テンポが速く (♪=232), 十六分音符という短い音価が連続する上に音の跳躍が多い (オクターヴ以上の音域を瞬間的に下降する) この音列は, フルート奏者にとって奏出は容易ではない.
 
 各小節の反復回数は2~5回の範囲内で指定され, 比較的テンポよく音楽は次々と進む.
一定の音型パターンが認識されるや否や新たなパターンが現れるように感じられるため, 聴く者にとっては親しみ易く一気に惹き込まれる音楽になっている.
 
 基本音型が録音フルートにより奏出されると, 独奏フルートはこの音列を十六分音符の音価で3個分だけ遅らせたフレーズを開始する (下記譜例 (2)). この「離散型フェイズシフト」は, 最初から完全な形で現れるのではなく「離散型ディゾルヴシフト」により形成されていくのである.

  
 
 



 
 これは「連続型ディゾルヴシフト」により録音フルートに受け渡され, 独奏フルートはアルトフルートに持ち替える (上記譜例 (3)).
 基本音型はやがて変奏を加え (上記譜例 (4)), 以下, このフレーズの「離散型フェイズシフト」が賑やかに繰り広げられるのである.
 
 特に予兆もなく突如として\(\,\mathrm{\small{G}}\)-\(\mathrm{\small{Dur}}\,\)に調号が変わって第2セクション (54~99小節) に移行する. 曲調がやや柔和な雰囲気になるが, リズムパターンや反復されるフレーズに大きな変化はなく音楽は続けられる (上記譜例 (5)).
 やがてこれも突如として音楽は緩やかになり (上記譜例 (6)), 第3セクション (100~134小節) では調号は\(\,\mathrm{\small{d}}\)-\(\mathrm{\small{Moll}}\,\)に戻るものの, 一層の和やかな雰囲気が醸し出される.
 これらのセクションで用いられる手法には, 上に挙げたもの以外で特記すべきものはない.
 
 最後の第4セクション (135~179小節) では\(\,\mathrm{\small{D}}\)-\(\mathrm{\small{Dur}}\,\)に調号が変わり曲頭のテンポに戻る. これは録音フルートソロによる活気あるフレーズから始まる (上記譜例 (7)). 最後は第三音を欠く属七の和音をクレッシェンドさせて終わるのである.

 
 

 
エイト・ラインズ(八重奏)Eight Lines (Octet) 1983
 フランクフルト放送局の委嘱により作曲されたこの曲は, 当初『八重奏』(Octet) として1979年に発表された. 初演は,『大アンサンブルのための音楽』の初演者と同様, ラインベルト・デ・レーウ指揮, オランダ管楽アンサンブルによる.
 
 編成は, クラリネット2本, ピアノ2台, 弦楽四重奏であるが, 実演の際, クラリネット奏者はピッコロ, フルート, バスクラリネットへの持ち替えを必要とし, 弦楽器における四度ないし五度音程の重奏が不安定な響きに陥り易い, などの問題が生じた.
 
 1983年に改訂版として発表された『
エイト・ラインズ』について, ライヒは「フルート奏者を加えて10人で演奏してもよいが, 音楽が八重奏であることに変わりはない」,「小規模編成の曲も大規模編成の曲と同様に重要だとの再確認を促したい」と述べている.
 
 私は, 原点版のCD

 

『八重奏』CD
(ECM Records POCC-1506)

 
でこの曲の存在を知った. 弦楽アンサンブルを用いる改訂版よりも弦楽四重奏による原点版の方が高密度のアンサンブルが保持し得るため, 演奏全体の推進力は強力である. いずれの版であっても, 演奏中, 各パートの奏者が常に高い集中力を要求され続けることは間違いない.
 
 演奏時間にして約18分を要するこの曲は, 途切れることなく演奏される4つのセクションから成る.
 
 \(\mathrm{\small{gis}}\)-\(\mathrm{\small{Moll}}\,\)の調号をもつ第1セクションは, 2台のピアノが歯切れのよいリズミカルに跳躍する1小節から成る基本音型を反復するところから始まる (譜例 (1)). 第1ヴァイオリンが完全四度, 完全五度, 長六度の3種類の (2小節で基本音型を形作る) 和音を併奏し, その4回目の反復時から第2ヴァイオリンが四分音符の音価で2拍分だけ遅らせて同一の音型を「
離散型ディゾルヴシフト」の手法を経て完成させる (譜例 (2)).

 
 
 
 この基本音型は, ピアノパートは1小節単位で反復され, ヴァイオリンパートは2小節単位で反復される. スコア (記譜上) ではリピート記号は用いられていないが, 第2ヴァイオリンは同一のパターンを3回反復するごとに「離散型ディゾルヴシフト」に沿って音を1音ずつ増やしていく.
 
 やがて下記譜例 (2) のパターンが完成すると, 2本のクラリネットと第2ピアノの右手部分の音が開始される (譜例 (3)). 同時に, 基本音型 (譜例 (2)) の「
拡大型フェイズシフト」としてヴァイオリンが8小節単位のハーモニーを奏出し始める (譜例 (4)).

 

 

 

 
 第1ピアノと第2ピアノの左手部分は2小節単位の反復であり, クラリネットと第2ピアノの右手部分は1小節単位の反復となる. 後者は8小節ごとに「離散型ディゾルヴシフト」に沿って音を増やしていき, 譜例 (5) の音型を完成させる.
 
 やがてクラリネットが音型をフェイドアウトさせると, 次にヴィオラとチェロが (6) の音型をフェイドインさせる. 同時にヴァイオリンは (4) の「
拡大型フェイズシフト」として10小節単位のハーモニーを奏出し始める (譜例 (7)).
 


 
 (7) の10小節に渡るハーモニーが一巡すると, (6) のフレーズがバスクラリネット奏者によりフェイドインされ (譜例 (8)), その後, 初めて旋律らしいフレーズがフルート奏者により奏出されるのである (譜例 (9)).
 

 

 
 このフルートによる10小節単位の息の長い主旋律は6回半反復され, やがてフェイドアウトされる中で調号が\(\,\mathrm{\small{dis}}\)-\(\mathrm{\small{Moll}}\,\)に変わり, 第2セクションへ移行する.
 
 第2セクションにおける各楽器に採り入れられる技法は第1セクションと特に変わるところはない. 新たにピッコロが加わるが, 第2セクション以降には譜例 (9) のような息の長い旋律は現れない. 木管楽器群によるフェイドインとフェイドアウトにより, リズミカルな跳躍音型が反復されるのみである.
 
 第3セクションは\(\,\mathrm{\small{Des}}\)-\(\mathrm{\small{Dur}}\,\)に調号が変わり, 前半は2本のバスクラリネットによる奏出, 後半はピッコロとバスクラリネットによる奏出で跳躍音型がフェイドインとフェイドアウトを繰り返す.
 
 第4セクションへ移行しても曲終まで調号は変わらないが, 弦楽器のハーモニーが曲頭と同様に2小節単位に戻る. そこから次第に「
拡大型フェイズシフト」に沿って曲終では10小節単位まで音価が延長される. 木管楽器の組み合わせは, 最初はフルートとクラリネット, 次にピッコロとバスクラリネット, その次にはピッコロとフルート, そしてクラリネットとバスクラリネット, 再びピッコロとフルートに至ってリズミカルな跳躍音型を反復し続け, 突如として音楽は終わる.
 
 私がライヒの音楽に惹かれて間もなく, その魅力を共有したいと考え, (現在は作曲家として活躍する) 知人にライヒの音楽をCDで聴かせたことがある. 初めてライヒの音楽を耳にしたその知人の感想は「いつまでも同じことの繰り返しで飽きる」であった. ライヒの音楽に対する好悪は理屈で説き伏せられるものではない.
「同じことの繰り返し」ゆえに嫌悪する者もあれば,「僅かながらも常に変化し続ける音響感」ゆえに陶酔する者もあるのである.
 
 この作品は『
ドラミング』や『18人の音楽家のための音楽』と同様, 適度のスピード感と緊張感を伴う位相変移プロセスを高密度に凝縮したアンサンブルで聴者を惹き付ける, 極めて魅力的な音楽であると言えよう.
 

 
砂漠の音楽 The Desert Music 1984
 50分もの演奏時間を要する大作『砂漠の音楽』は,『管楽器, 弦楽器, 鍵盤楽器のための変奏曲』と同様, 指揮者を要する管弦楽曲である. 1982年9月から1983年12月に掛けて作曲され, オーケストレーションは1984年2月に完成された. 管弦楽の規模は前作に比して大幅に拡大され, 4管編成のフルオーケストラに合唱団27名が加えられている.
 
 具体的な楽器編成を記せば,
  フルート4(第2~第4奏者はピッコロ持ち替え),
  オーボエ4(第2~第4奏者はコール・アングレ持ち替え),
  クラリネット4(第2~第4奏者はバスクラリネット持ち替え),
  ファゴット4(第4奏者はコントラファゴット持ち替え),
  ホルン4 , トランペット4(必要に応じてピッコロトランペット1),
  トロンボーン3, テューバ,
  ティンパニ2対 (2奏者ともロート・タムも奏する),
  マリンバ2, ヴィブラフォン2, シロフォン2, グロッケンシュピール2,
  マラカス, 籐またはドラムスティック, バスドラム2, タムタム,
  ピアノ2(奏者4, 第1, 第3, 第4奏者はシンセサイザーも奏する),
  弦楽5部,
  合唱 (第1ソプラノ3, 第1Aソプラノ3, 第2ソプラノ3, 第1アルト3, 第2アルト3, 第1テノール3, 第2テノール3, 第1バス3, 第2バス3)
となる.
 
 『
テヒリーム』のスコアと同様, この曲のスコア

 

『砂漠の音楽』スコア
(Boosey & Hawkes, 1985)

 
大型で重厚感をもつ冊子になっている.
 
 その中には,
最多で47段の五線が現れる箇所もある.
 

第1楽章 前半部 (28ページ)
 
 曲は途切れることなく続く5つの楽章から成り,
  第1楽章 fast
  第2楽章 moderate
  第3楽章 slow-moderate-slow
  第4楽章 moderate
  第5楽章 fast
という,
テンポに関するシンメトリー構図をもつ.
 実際には, (後述するように) テンポのみならず
楽曲構成においても対称性の構図が見られる. ライヒが好んで聴くというバルトーク (Bartók Béla) の『弦楽四重奏曲』第4番または第5番を範としたかの印象を与えるであろう.
 
 初演は, ペーター・エトヴェシュ (1981年に『
マイ・ネーム・イズ』ドイツ語版を初演) の指揮, 西ドイツ放送交響楽団, ケルン合唱団による.
 
 曲に付された歌詞は, アメリカの詩人ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ (William Carlos Williams) の2つの詩集《砂漠の音楽, その他の詩》(The Desert Music and Othser Poems, 1954),《愛への旅》(Journey to Love, 1955) から採られている.
 
 
用いられた詩の中に「砂漠」なる語句は現れないが, ライヒ自身の中では幾つかの特定の砂漠を想定していたという.
 シナイの砂漠 (出エジプト記), イエスが悪魔の誘惑を斥けた砂漠 (マタイ伝など), 旅行中のライヒが渇きを体験したモハヴェ砂漠, 核実験が行われたアラマゴード砂漠等々…….
 
 ライヒは, 広島と長崎の原爆投下後に書かれたウィリアムズの爆弾に関する言葉を鋭く認識していたが, 一方で詩語が音楽性を圧迫することを警戒していた. ライヒは,
ミニマルミュージックの要素 (反復性) を巧みに採り入れることで詩と音楽の融合を試みたのであった.
 
 第1楽章は, 第1ピアノによる力強く鋭いパルス (譜例 (1)) に2台のマリンバが加わり (譜例 (2)), 直後に (木管と弦楽を伴う) 合唱がフェイドインする (譜例 (3)) ことで開始される.

 

 

 

 
 なお, この合唱部分の歌詞 "De" はウィリアムズの詩とは無関係な単なる擬音に過ぎない. スコアには,「"to be or not to be" の "be" のように発音せよ」なる注釈が付されている.
 
 このパルスがもつハーモニー (下記譜例 (1)) を初めとして, 以下, 4種類のハーモニー (下記譜例 (2)) が変拍子を伴うパルスをもって現れる. この5種類の和音から成る「
ハーモニーループ」は, 冒頭部で計4回奏出される.
 
 3回目のループ時からは, 金管楽器群とシンセサイザーが (パルスではない) 長音価のハーモニーを重ねる. 聴者には, これらの楽器群がハーモニーの移行の際に前のハーモニーのフェイドアウトと次のハーモニーのフェイドインを同時進行させる「
連続型ディゾルヴシフト」が聴き取れるはずである.
 
 続いて, ヴァイオリンとシンセサイザーが\(\,\mathrm{\small{F}}\,\)ミクソリディアを用いた6拍子系の反復音型をフェイドインさせると (譜例 (3)),「
離散型ディゾルヴシフト」の手法をもって三声による平行カノンが形成される (譜例 (4)). 続いて合唱が歌詞を伴いハーモニーを奏出し始める (譜例 (5)). 以後, 一貫して6拍子が続き, 楽章の終りまで拍子の変更はない.
 

 

 
 
 
 歌詞の大意は「我が友よ, いざ始めよう. 知っての通り, 君の心から全てを拭い去る歌を死後の世界までは持ち込めないのだ」であり, 歌い終えると, 冒頭部のハーモニーのサイクルが1回だけ再現され, アタッカをもって第2楽章に入る.
 
 第2楽章は2つのセクションから成る.
 
 最初のセクションは, マラカスとドラムスティックによる疑似「
パルスコンダクター」で始まる. マリンバとヴィブラフォンが変拍子のパルスを奏出する中, 合唱が「ところで我々は聴く. 苟も耳に訴えない音楽があろうか」なる歌詞を奏出する.
 
 その後,「
フルートの調べではない, その調べのドラムに対する関係だ」なる歌詞を合唱が奏でる部分において, ライヒの作品には珍しい, 祭り囃子のような音響が開始される. ピッコロ, ティンパニ, ピアノ, コントラバスによるフレーズである.
 

 
 歌詞が一巡すると, 第1楽章と同様のパルスをもつハーモニーのサイクルが始まり (ただし, ハーモニーは第1楽章のものとは似て非なるものである), 第2のセクションへ移行する.
 第2セクションの構造は最初のセクションと同様であり, 特記すべき点はない. 拍子や調性に幾らかの差異が見られる程度である.
 
 この曲の中核を成す第3楽章は, 全曲の約5分の3の演奏時間, 楽譜ページ数にして全曲の約3分の1の分量 (297ページ中, 99ページ) をもち, 緩-急-緩でテンポ設定された3つのセクションから成る.
 
 第1セクションは, タムタムが荘厳に響く中でのシロフォンのソロから開始され, ヴィブラフォンが3拍子系のリズムパターンを反復する中で, 第2ヴァイオリンとクラリネット (グループA) による物憂げな雰囲気のフレーズが反復される (下記譜例 (1)).
 これは, 第2楽章と同様,「
離散型ディゾルヴシフト」による三声のカノンに進展する. 続いて第1ヴァイオリンとフルート (グループB) による新たな反復フレーズが同様に重ねられ (下記譜例 (2)) , 以後, 両グループの三声のカノンの同時進行を含めて計6種類のフレーズが現れる.
 
 その後, 歌詞をもたない合唱及び金管楽器群による長音価ハーモニーのフェイドインとフェイドアウトが音楽全体を彩ることになる.
 
 やがて冒頭部のリズムパターンが再現され,「
彼らに告げよ, 人は望みを叶える術を知らなかった故に生き長らえたのであり, それを得た今, 人は望みを諦める他はない」なる趣旨の詩が歌われる (下記譜例 (3)).
 

 

 

 

 
 この合唱部分は, 第1楽章冒頭部の和音を含む七度や九度を多用したハーモニーで構成される. 詩の内容に相応した不安気な雰囲気を醸し出している.
 
 テンポが上がる第2セクションでは, 合唱と木管楽器群によるリズミカルなフレーズをもって「
主題の繰り返しが音楽の原理, 速いテンポで幾度も反復せよ. 主題は事実の解明と同様に困難を伴う」と歌われる.
 この部分は頻繁に変拍子と転調が施されるが,
臨時記号をもつ不協和音が多いため, 調性を聴き取ることは困難であろう.
 

 
 
 
 第3セクションでは再びテンポを弛め, 第1セクションと同様の構図で音楽は進行する (歌詞も第1セクションと同一である).
 
 異なる点は, 2種類の平行カノンは最初から同時進行する点と, 合唱及びダブルリード楽器群の長音価ハーモニーのフェイドインとフェイドアウトにヴィオラによるグリッサンドが重ねられる点である.

 


 
 スコアには,「"サイレンのように" と記されたヴィオラの音響がコンタクトマイクをもって楽団員全体に聴こえるように増幅せよ」との注釈がある. これは, この作品を作曲中であったライヒが偶然, 近くを通る消防車のサイレンを耳にしたことが契機となって付加されたという. 音響的には興味深いが, 歌詞の内容との整合性はなく, 音楽としてはやや不自然に感じられる.
 この
サイレン効果は, 後に『ディファレント・トレインズ』において内容との整合性をもって効果的に採用されることになるのである.
 
 第4楽章の楽曲構造や歌詞は第2楽章と同様であるが, 後者に存在した第2セクションに相当するものがこの楽章には存在しない分, 演奏時間は短い (約3分半).
 調性や拍子を含め, 同一の歌詞であっても第2楽章とは異なる旋律が施されている.
 また, この楽章では
第1, 第2ピアノが高音域において終始リズムパターンのパルスを奏出することで, 第2楽章に較べて音響的には華やかになっている.
 
 第5楽章の楽曲構造は, 第1楽章と対照的である. 第1楽章の冒頭部のハーモニーのパルスは曲終に移され, まず, ヴァイオリン, ヴィオラ, シンセサイザーにより6拍子系の動機が反復される. これが「離散型ディゾルヴシフト」の手法をもって三声のカノンが形成される点に第1楽章と差異はない. 続いて登場する長音価のハーモニーは, 合唱ではなく木管楽器群と弦楽器群により奏出される.
 
 やがて, 一旦, 6拍子系の三声のカノンが止み, 長音価のみのハーモニーをもって合唱が「
火と切り離せぬその光は優先して突き進む」なる趣旨の歌詞を奏出する (下記譜例 (1)).
 直ぐにヴァイオリンによる三声のカノンとマリンバによるハーモニーのパルスが加わり,「
その光」"the light" においてソプラノに高音域の\(\,\mathrm{\small{C}}\,\)音が現れ, 音楽は最高潮に達する (下記譜例 (2)).
 
 続いてオーケストラのみによる (第1楽章と同一の6拍子系の動機をもつ) 三声による平行カノンが続き, 音楽は昂揚感を募らせていく. この箇所は長音価の音符は現れないが, 第1楽章の冒頭部における「
ハーモニーループ」を構成元となる5種類の和音を一巡させている.
 
 再び合唱が加わり,「
その光」"the light" の箇所において最も力強い音勢をもつ長音価のハーモニーが充てられる. その後カノンやパルスが止み, 長音価のハーモニーのみで "the light" を3回反復した後, 音勢を増して「何と呼んでも構わない!」と叫ぶ箇所でソプラノに最高音域の\(\,\mathrm{\small{C}}\,\)音が再び現れる (下記譜例 (3)). 全曲を通じて最も感動的な場面と言えよう.
 

 

 

 
 上記譜例 (3) が合唱部分の最後である. 以後, 第1楽章における冒頭部と同様の5種類の和音から成る「ハーモニーループ」がフェイドインとフェイドアウトを伴いながら3回繰り返される.
 
 終結部では最後のハーモニーが4回反復される中で次第に音勢を弱めていき, 消えるようなフェイドアウトをもって音楽を終えるのである.

 

 
 例によって, 曲終にリタルダンド, 長音価, フェルマータなどは現れない. 生命力を喪った灯が儚く消えゆくかのような終わり方であり, 曲を聴き終えた聴者に何とも形容しがたい焦燥感や不安感を与える. 逆説的な表現であるが, それがこの作品の魅力の一つであると言えよう.
 
 『
砂漠の音楽』は, ライヒの作品の中でも私が特に好んで聴く音楽の一つである. 彼の音楽に最初に出遭って間もなく入手したCD
 

『砂漠の音楽』CD
(Elektra Nonesuch WPCC-4090)
 
のライナーノートには,「(ライヒは) 彼の音楽を催眠音楽としてではく, 醒めた状態で聴いてほしいと望んでいる」とあった. 実際, この曲を聴いてトランス状態に陥ることはないであろう. 無論, 容易に聞き流すことなどできない. 聴者はごく自然に, ハーモニーやリズムのパターンシフトを注意深く聴き続けることになる.
 
 余談であるが, 以前 (30年以上も前の話である), この『
砂漠の音楽』は我が国においてテレビCMのBGMとして使用された. 普段であれば, 番組途中に放映されるCMに私が注意を払うことは全くない. しかし, この曲の冒頭部の合唱による連続パルスが不意に耳に入った時には, 途端に私は画面に釘づけになった.
 
 それは三菱ギャランのCMで, 深紅の壁を打ち破って破片が飛び散る中を車が姿を現し, あたり一面に深紅の薔薇の花びらが華麗に舞い上がるという美しい映像であった. 映像と音楽が絶妙に融合したその斬新な演出に感心させられると同時に, まだ日本では人口に膾炙していなかったライヒの音楽がCMで使用されたことに驚いた. 一般の視聴者はCMのために作られたBGMとして聴いたことであろう. しかし, 私は画面の美しく鮮やかな映像と相俟って, その音楽的魅力に強く魅せられたのであった.
 
 聴く者の心を一瞬にして鷲掴みにする冒頭部のピアノによる特異な和音と鋭敏なパルス, 弦楽器と合唱による連続パルスのフェイドイン, フェイドアウトがもつ鮮烈な響き. 今, 改めて聴いてみても, 当時の新鮮な印象を全く喪わせることのない素晴らしい音楽である.
 

  
セクステット (六重奏) Sextet 1984
 この曲は, 作曲当初は『打楽器と鍵盤楽器のための音楽』(Music for Percussion and Keyboards) なる標題であった. アメリカの舞踏家ローラ・ディーン (Laura Dean) とフランス政府の共同委嘱により作曲され, アンサンブル・ネクサス (Nexus) によりパリで初演された.
 
 初演直後に『
六重奏』に改訂され, ディーン主催の『インパクト』の舞台音楽としてアメリカ初演されている.
 
 4人の打楽器奏者と2人の鍵盤楽器奏者のための作品で, 前作『
砂漠の音楽』と同様, 急-中-緩-中-急のテンポをもつ5つの楽章から構成される. このシンメトリー構造はテンポ設定のみならず各楽章の楽曲構造にも見られ, 『砂漠の音楽における各楽章のそれと明確な対応関係が見られる.
 
 第1楽章は第1ピアノによる5拍子+6拍子の鋭いパルスから始まり (譜例(1)), フェイドインとフェイドアウトを伴う「
ハーモニーループ」がシンセサイザーにより奏出される. ピアノのパルスとシンセサイザーによる6種類 (譜例 (2)) の和音列から構成されるこのループは, 冒頭部において2回だけ奏出される.
 

 

 
 その後, ピアノのパルスが冒頭部の和音を持続させる中, 第1マリンバが6拍子系の反復音型をフェイドインさせると (譜例 (3)), 第2及び第3マリンバを加えて「離散型ディゾルヴシフト」による三声の平行カノンを形成する (譜例 (4)). この\(\,\mathrm{\small{a}}\)-\(\mathrm{\small{Moll}}\,\)によるマリンバの音型は, 後に『ナゴヤ・マリンバ』で活かされることになる素材である.
 
 マリンバによる平行カノンがフェイドアウトすると, ヴィブラフォンによる平行カノンが開始され, これにマリンバによる平行カノンが加わって同時進行する.
 
 以後, 一貫して平行カノンと6拍子が続く (楽章の終りまで拍子の変更はない). この間, ピアノ及びシンセサイザーによるパルスと長音価ハーモニーは (2) の和音列に基づく「
ハーモニーループ」を二巡させ, アタッカをもって第2楽章へ入るのである.
 

 
 第2楽章と第4楽章は,『砂漠の音楽』の第3楽章冒頭部に類似した音型で始まる.
 タムタムが荘厳に響く中で, ピアノ, マリンバ, ヴィブラフォン, ドラムスティックが単一音かつ等間隔の単調なパルスを奏出し, ピアノが低音で重厚な和音を鋭く響かせる. 続いて, ボウイング奏法を用いたヴィブラフォンによるハーモニーをバックに2台のピアノによる重々しい基本音列が「
離散型ディゾルヴシフト」により平行カノンを形成する (譜例 (5)).
 
 第4楽章ではこの平行カノンはシンセサイザーにより奏出される (譜例 (6)). これは
寂寥感の漂う陰旋法風の音律であり, 我々日本人の耳を引く音楽と言えよう.
 
 この2つの楽章で用いられるハーモニーは (2) の和音列のループに基くものであるが, それまでのライヒの作品には見られなかったような
斬新な不協和音がところどころに垣間見える.
 


 第3楽章は更にテンポを下げ, やはりヴィブラフォンとバスドラムによる単一音かつ等間隔の単調なパルスから始まる. その後, 第1ヴィブラフォンのソロにより物寂しげな反復音型が奏出され, 第2ヴィブラフォンが同一音型の平行カノンを形成する (譜例 (7)).

 この楽章では,
重厚な和音をもつエネルギーに充ちた鋭いリズム音型が耳を引く. 3拍子系のリズムの中で4拍子系のリズムが交錯するのである (譜例 (8)).
 

 

 
 第4楽章においてヴィブラフォンに現れる穏やかなシンコペーションを伴うパルスは, 終楽章に入るとテンポを格段に上げ, 鋭くエネルギーに溢れた6拍子系のリズム音型に変貌してマリンバにより奏出される (譜例 (9)). そこへヴィブラフォンが「離散型ディゾルヴシフト」をもって二声のカノンによる反復音型を形成し, 同様にピアノが二声の (増四度, 減五度から構成される) カノンを低音域で形成するのである (譜例 (10)).
 

 
 このカノンは譜例 (2) の和声列に沿った「ハーモニーループ」をもって進行する. 終結部における和声は\(\,\mathrm{\small{a}}\)-\(\mathrm{\small{Moll}}\,\)へと収束していき, \(\mathrm{\small{A}}\), \(\mathrm{\small{H}}\), \(\mathrm{\small{E}}\,\)の3音からなる和音 (\(\mathrm{\small{Am}}\) \(\mathrm{\small{sus}}\,2\)) のリズム音型を執拗に反復して曲を終えるのである.
 他の多くの作品と同様, 音楽の終結感をもたらす要素 (クレッシェンド, リタルダンド, 長音価の和音など) は一切存在しないが,
ピアノと打楽器による打音の強奏は, その音色の色鮮やかさと相俟って聴者に鮮烈なインパクトを与えるであろう.
 
 ところで, ライヒの作品のスコアにはよく見られる記載がある. 実演の際,
楽器間の音量や音色のバランスを調性するためのアンプを用いた増幅に関するものである. ライヒの場合において特徴的な点は, その増幅の必要性を演奏会場の客席の規模で分類する点であろう.
 
 この曲のスコア (Boosey & Hawkes, 2011) においても,「客席数が300席を超える会場の場合は, バスドラム, クロタル, タムタム以外の楽器の音量を増幅すると良い」とある. 他の多くの作品と同様, 舞台上での演奏をスムーズにするための楽器配置指定も図示されている.
 
 伝統的な管弦楽の場合は, 作曲者が各楽器の性能や音楽的必要性から演奏楽器を適切に選定し, その組合せや音量バランスをスコア上で指示し, 実演上は指揮者がその効果を最大限に発揮し得るよう指示を与えることになる. しかし, 多くの場合に
指揮者を置かない, あるいは通常の管弦楽作品には登場しない楽器を用いるライヒの作品の場合は, 作曲者自身が事前に各楽器の音量バランス調性に関する指示を与えておく必要があるのであろう.
 

 
ニューヨーク・カウンターポイント New York Counterpoint 1985
 「カウンターポイント」シリーズの2作目に該当するこの曲は, 前作『ヴァーモント・カウンターポイント』と同様の構図をもつ. 11本のクラリネット属楽器のための作品であり,オーヴァーダブプレイ」すなわちライヴ奏者と多重演奏録音による演奏形態をとる.
 
 11分程度の演奏時間を要するこの曲は, 切れ目なく続く3つの楽章から成る.
 ブージー&ホークス版のスコア

 

『ニューヨーク・カウンターポイント』スコア
(Boosey & Hawkes, 1989)
 
にセクションを分類する記載はないが, 急-緩-急のテンポ設定から聴者は容易にそれらを区別できるであろう.

 ここで, ライヒの作品における移調楽器の記譜法について付言しておく.
 クラリネットや金管楽器を用いるライヒの作品のスコア, 例えば『
18人の音楽家のための音楽』,『テヒリーム』,『砂漠の音楽』,『ザ・フォー・セクションズ』や『シティ・ライフ』などのスコアは, 移調楽器の楽譜は全て実音で記譜されている. 数少ない例外は『管楽器, 弦楽器, 鍵盤楽器のための変奏曲』におけるトランペット (記譜は\(\,\mathrm{\small{B}}\!\:\flat\,\)管用) である.『
ニューヨーク・カウンターポイント』の場合も
数少ない例外と言ってよく, \(\,\mathrm{\small{B}}\!\:\flat\,\)管クラリネット用の記譜である.
 
 さて, 第1楽章は\(\,\mathrm{\small{Ges}}\)-\(\mathrm{\small{Dur}}\,\)の調号をもち (記譜上は\(\,\mathrm{\small{As}}\)-\(\mathrm{\small{Dur}}\)),『
砂漠の音楽』や『六重奏』の冒頭部と同様, 同一音 (八分音符) による連続パルスのフェイドイン, フェイドアウトのループから始まる.『18人の音楽家のための音楽』に端を発するこの同一音の連続パルスは, ピッチごとに異なるタイミングでフェイドイン, フェイドアウトを繰り返しながら, 譜例 (1) のような「ハーモニーループ」を2回繰り返す.
 
 やがてハーモニーループが止んで第1奏者が1小節単位 (3拍子系) の反復音型 (譜例 (2)) を奏出し始めると, ライヴ奏者が「
離散型ディゾルヴシフト」をもって他の反復音型 (譜例 (3)) を奏出し始める. これは直ぐに「連続型ディゾルヴシフト」をもって第2奏者へ受け渡され, ライヴ奏者は新たに反復音型 (譜例 (4)) を奏出し始める. これも直ぐに第3奏者へ受け渡され, ライヴ奏者がまた新たな反復音型 (譜例 (5)) を重ね, これを第4奏者へ受け渡すと更にライヴ奏者が別の反復音型を…….
 以下同様に, 1小節単位の反復音型を1~3回程度ずつ反復しつつ六声の反復音型を完成させ, そこに連続パルスによる (1) の「
ハーモニーループ」が他の4奏者により重ねられるのである.
 

 


 
 以後, ライヴ奏者は六声の反復音型の中から特定の音を浮き立たせるオーヴァーラップラインを演出するのであるが, 聴者がこれを聴き分けることはそれほど容易ではない. 他の声部との音色の差異がないからである. この演出の効果は『ドラミング』や『18人の音楽家のための音楽』におけるそれの方が格段に優れていると言えよう.
 
 第2楽章では調号が\(\,\mathrm{\small{A}}\)-\(\mathrm{\small{Dur}}\) (記譜上は\(\,\mathrm{\small{H}}\)-\(\mathrm{\small{Dur}}\)) に変わる. 2小節単位の二声による基本音型 (譜例 (6)) が反復される. ライヒの作品には珍しくレガートを含む柔和な雰囲気のフレーズである. 続いて八分音符1個分の音価だけ拍を遅らせた基本音型が並行して反復される. 更に八分音符1個分の音価だけ遅らせた基本音型を重ねて各ニ声の基本音型による三重カノンが完成される (譜例 (7)).  
 
 その際, 奏者間に「
連続型ディゾルヴシフト」が施され, ライヴ奏者による4種類の「オーヴァーラップライン」が重ねられるが, これらは音色変化に乏しく (スコアを見ながらの鑑賞でなければ) 聴き分けることは困難であろう.
 

 

 
 一方, 次の和音列 (8) による連続パルスによる「ハーモニーループ」(ただし, 反復される回数は僅か1回に過ぎない) を聴き取ることは容易である.
 

 
 余談であるが, このセクションの調号をなぜ\(\,\mathrm{\small{A}}\)-\(\mathrm{\small{Dur}}\,\)に変えたのであろうか. 例によって前楽章からのアタッカでこのセクションに入るため, \(\,\mathrm{\small{A}}\,\)管クラリネットに持ち替える時間的余裕はない. にも拘らず, なぜ\(\,\mathrm{\small{B}}\!\:\flat\,\)管クラリネットでは運指が難しい (記譜上で5個の\(\,\sharp\,\)を要する) 調性を選択したのかについては疑問が残る.
 
 次の第3楽章では調号は再び\(\,\mathrm{\small{Ges}}\)-\(\mathrm{\small{Dur}}\) (記譜上は\(\,\mathrm{\small{As}}\)-\(\mathrm{\small{Dur}}\)) に戻るが, これについても演奏上の観点に加えて和声学上の観点から疑問が残る調性である. ここで反復される2小節単位の二声によるリズミカルな基本音列 (譜例 (9)) は,
\(\mathrm{\small{fis}}\)-\(\mathrm{\small{Moll}}\,\)の旋律的短音階 (譜例 (10)) と捉える方が自然 (\(\mathrm{\small{A}}\,\)管クラリネットの方が運指は容易) であろう.
 


 
 この二声の基本音型にもう一声部を加え, 三声の基本音型に (第2セクションと同様の手法で) 新たに三声の基本音型を重ねて六声の基本音型が完成される. 次にバスクラリネットが『六重奏』の第4楽章に現れた \(\,\mathrm{\small{C}}\!\:\!\:\sharp\,\)音と\(\,\mathrm{\small{G}}\,\)音 (増四度, 減五度) のオクターヴ跳躍と同一音かつ同一リズムをもってオクターヴ跳躍を奏出する (譜例 (11), 実音表記).
 
 
 
 以後, スコアの記譜上では\(\,\mathrm{\small{cis}}\)-\(\mathrm{\small{Moll}}\,\)と\(\,\mathrm{\small{As}}\)-\(\mathrm{\small{Dur}}\,\)の間を交互に転調しつつ基本音型及びその変奏が反復されるが, 聴者にとっては全て\(\,\mathrm{\small{fis}}\)-\(\mathrm{\small{Moll}}\,\)として聴こえる調性である. 実際, 曲終 (八分音符の音価1個分だけ拍の差異をもつ2種類の三声平行カノン) では音域は高音へ向かい, ライヒの作品には珍しく (嬰ヘ調の) トニックで音楽を終えるのである.
 
 なお, この作品はクラリネット奏者
リチャード・ストルツマン (Richard Stoltzman) の委嘱により作曲されている. 音楽としては面白いが, 彼のような (広範な音色や技法を奏出し得る) 卓越した奏者からすれば, この曲は役不足に感じたのではないか. 無論, ストルツマンによる演奏
 

『ニューヨーク・カウンターポイント』CD
(RCA 5944-1-RC)
 
は申し分なく素晴らしいものである.  
 

 
6台のマリンバ Six Marimbas 1986
 1973年の作品『6台のピアノ』のマリンバ用編曲版である.
 両者のスコア (Boosey & Hawkes, 1992) を比較すると, 演奏上 (マリンバという楽器の特性上) の理由から, \(\mathrm{\small{h}}\)-\(\mathrm{\small{Moll}}\,\)のピアノ版より半音低い\(\,\mathrm{\small{b}}\!\:\)-\(\mathrm{\small{Moll}}\,\)に移調された点と, マレットの手順 (右手用の音符か左手用の音符かを符尾の上向きか下向きかによって指示) が変更された点の他は, (ダイナミクス, アーティキュレーション, 反復音型の反復回数の指定などを含め) 1音の変更も加えられていない.
 
 先述したように, 6台というピアノの音の厚みが奏者ごとのコントラストを曖昧にさせる『
6台のピアノ』は, 音響的魅力に乏しい作品であった.
 
 
マリンバの場合, その楽器の特性上, ピアノのような音圧や音色の鋭さは抑制される. 奏者間の音色は適度にブレンドされ, 重奏による音の厚みが和音に音色の潤いや豊穣な響きを付加するのである. マリンバが紡ぎ出す各音の余韻は聴者の耳に心地好く響くものであり, 聴いているとその魅惑的な音響感に強く引き込まれる.
 この曲が醸し出す音響的効果はマリンバ版の方が遥かに優れていると言えよう.
 
 なお, ライヒの作品にはこの曲のようなアレンジ版が他にも存在する.
 
 ライヒの公式サイトに掲載されているものだけでも, 例えば
 『
東京・ヴァーモント・カウンターポイント』(Tokyo / Vermont Counterpoint, 1982)
 『タイピング・ミュージック』(Typing Music, 1993)
 『
ナゴヤ・ギター』(Nagoya Guiters, 1994)
 『
ハーグ・ヴァーモント・カウンターポイント』(Hague / Vermont Counterpoint, 2004),
 『
(木管楽器, 金管楽器と) 弦楽器のために』(For Strings (with Winds and Brass), 2004),
 『
ザ・ケイヴ~4つの創世記』(The Cave : Four Genesis Settings, 2013)
などがある.
 とは言え, これらは原曲を凌駕するほどの特長や魅力をもたないため, 本稿では, そのタイトルを挙げるに留める.
 

 
3つの楽章 Three Movements 1986
 演奏時間にして15分ほどの『3つの楽章』は, 声楽 (歌詞) をもたない純粋な管弦楽曲である. 3管編成の管弦楽にコントラファゴットとバスドラム, また, ピアノ, ヴィブラフォン, マリンバ, エレクトリックベースが各2台ずつ加えられている.
 
 『
砂漠の音楽』と同様, (演奏上の理由から) 舞台上の弦楽五部は2群に分けられ, 指揮者前に配置されたヴィブラフォンとマリンバを中心に対称的に配置される. なお, ブージー&ホークス版のスコア (1986) の図示によれば, ピアノは下手奥に配置されているが (同頁の) ライヒ自身の解説ではピアノも指揮者前に配置するとあり, 図示によれば, ヴァイオリンは二群とも奏者は同数であるが (次頁の) 楽器編成表では異なる奏者数が指定されている.
 
 標題の通り3楽章構成であり, 多くのライヒの作品と同様, これらはアタッカにより演奏される. 第1, 第3楽章は四分音符で176-184という速いテンポ設定が施され,『
砂漠の音楽』の第1, 第5楽章のようなリズミカルなパルスが終始一貫して反復される. 第2楽章は各音の音価が倍 (テンポ設定は四分音符で88-92) になり,『六重奏』の第2セクションと同様, レガートによる静かなフレーズで始まる.
 
 この曲には新規に登場する (これまでの作品には見られないような) 手法は特に存在しないため, 簡潔に各楽章の構造を述べるに留めたい.
 
 第1楽章は八分音符の連続パルスによる「
ハーモニーシフト」(譜例 (1)) から構成される.砂漠の音楽』や『六重奏』と同様, 音色変化を付ける際あるいはハーモニーの移行時には, 各楽器ごとに「連続型ディゾルヴシフト」が施されている.
 前半部 (RM.14まで) では同一音 (八分音符) のパルスが連続するが, 後半部 (RM.15から) は2小節単位の定型リズム (譜例 (2)) が反復され, これに管楽器群による音価の長い和音が「
ハーモニーシフト」に加わるのである.
 

 

 
 第2楽章は, 11拍子 (6+5拍子) の基本音列 (譜例 (3)) による平行カノンとヴィブラフォンによるハーモニーのパルス (譜例 (4)) から構成される. 少し遅れて低音楽器群による短く鈍い振動音が定型リズムに重なる.
 「
ハーモニーループ」(譜例 (5)) に沿って基本音列やハーモニーのパルスは次々に変化する. この間, もの憂げな雰囲気の緩やかな音楽が (音量変化や音色変化を見せることなく) 終始単調に流れ続けるのである.
 
 後半部 (RM.33) で旋律がフェイドアウトすると, 以後はヴィブラフォンのパルスと低音楽器群の鈍い振動音が静かに響き続ける. この箇所は, 生命体が滅亡した後の無機質な荒地あるいは絶命寸前の意識不明に陥った魑魅魍魎の鼓動――
何とも形容しがたい不気味な雰囲気を醸し出す音楽になっている.
 

 

 

 
 第3楽章は, 1小節目のみ八分音符の連続パルスで, 2小節目以降は第1楽章の後半部に現れた定型リズムが (マレット楽器とピアノにより) 反復される. その後, 定型リズムと基本音型の平行カノンが「離散型ディゾルヴシフト」により形成される.
 やがて,『
六重奏』や『ニューヨーク・カウンターポイント』に現れた低音部の (増四度, 減五度の) オクターヴ跳躍も, 我々には既に耳慣れた音型として聴こえてくるのである.
 
 後半部 (RM.56から) には4小節単位の3種類の定型リズムが現れ (譜例 (6)), 次第に音勢を強めながら音域を高音部へ遷移させつつ和声を\(\,\mathrm{\small{a}}\)-\(\mathrm{\small{Moll}}\,\)のペンタトニック (民謡音階) へと収束させていく.

 

 
 余談であるが, 昨年 (2023年) の夏, ブリスベン市にあるオーストラリア人夫婦のお宅に一週間ほど滞在した際, 彼らの一人娘 (中学生) のお気に入りという映画を皆で一緒に観る機会があった.
 
"The Hunger Game" というタイトルをもつ, 事情があって特殊な環境に置かれた者達の熾烈な生存競争を描く興味深い映画であった.
 
 その中の緊迫した一場面で, 突然に
この曲の第1楽章冒頭部が聴こえて来た.
 私は思わず彼らに "This music by Steve Reich, my very favorite composer
!" と, 映画鑑賞中であるにも拘らず画面を指さしながら口走ってしまった. 曲が使用された時間は僅かであった (1分程度?) であったためか, エンディングクレジットにライヒの名前はなかったように思う.
 
 無論,『
3つの楽章』はこの映画のサウンドトラックとして作曲されたものではない. 単に当該シーンに相応しい音楽として採用されたに過ぎないのであろう.
 
 
ライヒの音楽は, その音楽的内容とは無関係なCMやテレビ番組のBGMとして用いられることがある. 私はこれまでに何度かそのような場面に遭遇したが, 画面にライヒの名前が表示されたことはほとんどなかった. 多くの視聴者は彼の音楽とは気づかずに聞き流したことであろう.
 

 
エレクトリック・カウンターポイント Electric Counterpoint 1987
 「カウンターポイント」は「対位法」を意味するが, ライヒの場合はバロックや古典派の音楽におけるフーガのような複雑な対位法ではなく, ごく短い基本音列による単純な平行カノンを指すに過ぎない. しかし, その基本音列の絶妙な構成とカノンの巧妙な組合せにより, 曲の冒頭部から聴者を魅惑する不可思議な音響空間を演出する. この点にライヒの唯一無二の才能が現出するのであり, 彼の音楽の特長を顕在化し得るのである.
 
 「カウンターポイント三部作」の3作目に当たるこの曲は,
前の2作品に比して遥かに円熟した作品と言えよう. 木管楽器用に書かれた前の2作品はテンポが速く (各音の音価が短く) 音の上下 (跳躍) も頻出するため, 音楽的には面白味が多いにしても楽器の機能性を充分に発揮し得ない書法であった.
 
 ジャズギタリストであるパット・メセニー (Pat Metheny) のギター演奏を想定して書かれた『
エレクトリック・カウンターポイント』は, 各音の発音時の機動性が (管楽器や弦楽器に比して) 抜群であり, 撥弦楽器としての機能性を充分に活かし得る作品になっているのである.
 
 演奏形態は前の2作品と同様オーヴァーダブプレイ」による. すなわち,
12本のギターと2本のベースの多重録音にライヴ奏者を併せる演奏形態をもつ.
 曲は3楽章構成であり, 途切れることなく続けて演奏される.
 
 第1楽章は同一音の八分音符による連続パルスで始まる.

 

 
 これは, 下記の和音列
 

 
による「ハーモニーシフト」を形成する. 各和音は同一音の八分音符による連続パルスをもって持続し, 息の長い一つのフェイドイン, フェイドアウトを構成するのである. 二つの和音間の遷移は「連続型ディゾルヴシフト」の手法をもって進められる.
 
 この和音列には『
砂漠の音楽』や『六重奏』のような「ハーモニーループ」の手法は現れない. 上記のハーモニーが一巡すると連続パルスはフェイドアウトするからである. 代わりに, 第1ギター奏者により2小節単位の基本音型 (下記譜例 (1) の上段) がフェイドインする.
 
 やがて, ライヴ奏者により「
離散型ディゾルヴシフト」の手法をもって八分音符の音価で4個分だけ前倒しされた基本音型が平行カノンが形成される. これは「連続型ディゾルヴシフト」の手法で第2奏者に引き継がれ, 以後そのまま継続される.
 
 次に, ライヴ奏者は完全五度だけ音域を下げた基本音型を奏出し始める. これは第3奏者に引き継がれ, 同様の平行カノンが第4奏者により奏出される (下記譜例 (2)). 以後, 第1~第4奏者による四声 (音程差のみを考慮すれば2種類) のカノンはそのまま継続される.

 


 
 以下, ライヴ奏者が次々と新たな基本動機の変種型を奏出し, 他のギター奏者に引き継がれるパターンを繰り返し, 最終的に八声 (4種) から成る基本音型のカノンが展開される. 基本動機のピッチに対し, 他の3種は順に, 完全五度, 短六度, オクターヴ (完全八度) 下のピッチから開始される.
 
 そこへ第9, 第10奏者と2人のベース奏者により, 冒頭の連続パルスによる「
ハーモニーシフト」が再び現れ, ライヴ奏者は継続される八声のカノンに基づく「オーヴァーラップライン」を奏出する. 転調の際は, 基本音型もリズムパターンを維持しつつ調性のみを変更しつつカノンを継続するのである.「ハーモニーシフト」を一巡したところで第1楽章は終わるが, 例によって終止形をもたず, 間髪を入れずに第2楽章に入る.
 
 
楽曲構造は極めて単純であるが, 活気あるテンポ (♩=192) に加え, 採用された和声と基本音型の絶妙さにより, ミニマリズムの魅力を存分に発揮した逸品と言えよう.
 
 続く第2楽章は, テンポを落とし (各音の音価を第1楽章の倍に変え) た\(\,\mathrm{\small{E}}\)-\(\mathrm{\small{Dur}}\,\)の極めて穏やかな緩徐楽章である.
 第1奏者が1小節ごとに拍子を変える3小節単位の基本音型 (譜例 (3), 最上段) を奏出し, 第2, 第3奏者が数拍だけ前倒しした (遅らせた) 同一音型をもって三声のカノンを形成する (譜例 (3)).
 
 以下, 第1楽章と 同様の構成をもって九声 (3種) から成る基本音型のカノンが展開される.

 

 
 以後, 上記のカノンに加え, 第10~第12奏者と2人のベース奏者により, 下記の和音列による連続パルスのフェイドイン, フェイドアウトが重ねられる. この和音列の「ハーモニーループ」(とは言え, 1回反復されるに過ぎないが) を経て第3楽章に入るのである.
 

 
 \(\mathrm{\small{e}}\)-\(\mathrm{\small{Moll}}\,\)で始まる第3楽章の冒頭部では, 1小節の基本音型 (譜例 (4)) が第1奏者により奏出される. ライヴ奏者が「離散型ディゾルヴシフト」により四分音符の音価で1個分だけ遅らせて基本音型を奏出し始め, 音型を完成させるとこれを第2奏者へ引き渡す. 次にライヴ奏者と第3奏者が同様にして新たな基本音型のパターンを奏出し始め, ライヴ奏者がこれを第4奏者へ引き渡したところで四声のカノンが形成され, 以後, 継続されるのである (譜例 (5)).
 

 

 
 次に, 2人のベース奏者が『六重奏』や『ニューヨーク・カウンターポイント』に現れたオクターヴ跳躍を「離散型ディゾルヴシフト」により奏出し (譜例 (6)), やや遅れて第5~第7奏者が2小節単位の基本和音列のカノンを (奏者ごとに時間差を設けつつ) 形成する (譜例 (7)).
 

 

 
 その後, \(\mathrm{\small{c}}\)-\(\mathrm{\small{Moll}}\,\)に転調し, すぐに\(\,\mathrm{\small{e}}\)-\(\mathrm{\small{Moll}}\,\)に戻るという転調を交互に複数回繰り返し, 低音群と和音部分はフェイドアウトする.
 
 聴者は, この第3楽章を中途までは3拍子系の音楽と認識して聴き進めるはずである. ところが, ライヒは91小節以降で, 聴者に敢えて4拍子系の拍子感覚を呼び覚まそうと試みる. すなわち, 他のギター奏者の演奏を全く変化させずにそのまま継続させ, ライヴ奏者が担当する「
オーヴァーラップライン」における拍子 (強拍の位置) のみを変えるのである.
 

 
 視覚に対する錯覚はよく知られていよう. ここでは聴覚に対する錯覚とでも言うべき不思議な現象が起こるのである. 曲終 (129小節以降) では, ライヴ奏者の「オーヴァーラップライン」(上記譜例) には見られないにも拘らず次の音型がメロディーラインとして聴こえてくるのであるが, これは私だけの錯覚であろうか.
 

 
 この曲もライヒの作品には数少ない「終止形をもつ音楽」である. 上記譜例のような四声のカノンとライヴ奏者のメロディーラインはホ調のトニックをフェルマータで鳴り響かせて音楽を終えるのである.
 
 ブージー&ホークス版による「カウンターポイント」シリーズのスコアは, フルスコアの他にライヴ奏者パートの楽譜が付属している.
 

『エレクトリック・カウンターポイント』スコア
(Boosey & Hawkes, 1987)
 
 このパート譜を絵柄として眺めてみると, 全体的に同じような模様で埋め尽くされているのが面白い. 楽譜の大半が同一音の連続パルスや定型音列の執拗な反復である. 一見, 単純そうに見えるが, 少しずつ変化する「オーヴァーラップライン」や「離散型ディゾルヴシフト」を速いテンポで正確なリズムを確保し続けるには相当の訓練を要すると思われる. 無論, メセニーのような熟練者にとっては容易なことなのであろう.
 

 
ザ・フォー・セクションズ The Four Sections 1987
 ライヒは, クラシックやジャズのみならず民族音楽 (ガーナやインドネシアなど) の影響を受け, 自らアンサンブルを組織して試奏を繰り返しつつ創作する方法をもって, 特定のジャンルに囚われない多彩な手法や音色を編み出してきた.
 すなわち, クラシック音楽における楽曲形式や楽器編成, ジャズにおける即興演奏やスウィング, オフビート, 民族音楽における特殊な (微分音を含む) 和音と定型リズムの執拗な反復などを自家薬籠中のものとし, 他の作曲家が深く踏み込まなかった新たな分野を独自に開拓したのであった.
 
 楽器編成上から見れば,『
ザ・フォー・セクションズ』は管弦楽作品である. 作品の分析に入る前に, ライヒの作品における楽器編成について少し言及しておきたい.
 
 ライヒの作品を楽器編成で大雑把に分類すると, 独奏用作品, 管弦楽作品, アンサンブル作品の3種に分けられよう.
 通常, アンサンブル (室内楽) では指揮者を置かないが, ここでは, あくまでも (演奏形態上の分類ではなく) 編成上の分類であるから, 指揮者を要する作品も含めてアンサンブル作品に分類することにする.
 
 まず, 独奏用作品は,「オーヴァーダブプレイ」を前提とするものを含めても
 『
2台以上のピアノのための音楽
 『
リード・フェイズ
 『
ヴァイオリン・フェイズ
 『
カウンターポイント』四部作 (ヴァーモント, ニューヨーク, エレクトリック, チェロ)
 『
ボブのために
など,
ごく僅かしか存在しない.
 
 19世紀の西洋クラシック音楽 (後期古典派あるいはロマン派) における管弦楽作品の最も多く見られる楽器編成は, 木管楽器 (フルート, オーボエ, クラリネット, ファゴット), 金管楽器 (ホルン, トランペット, トロンボーン, テューバ), 打楽器 (ティンパニ), 弦楽五部 (第1, 第2ヴァイオリン, ヴィオラ, チェロ, コントラバス) であろう. 18世紀以前あるいは20世紀以後の管弦楽作品は, 上記の楽器の一部が欠如していたり上記の楽器以外のものが付加されたりすることが多い.
 
 ところで, ライヒの作品における
管弦楽作品も極めて少ない. 上述した19世紀における楽器編成に符合する純粋なる管弦楽作品となると皆無である.
 実演上, オーケストラの体裁をもつ作品としては,
 『
管楽器, 弦楽器, 鍵盤楽器のための変奏曲』(ただし, クラリネット, ファゴット, ホルンを欠き, エレクトリック・オルガンを含む)
 『
砂漠の音楽』(ただし, マリンバやヴィブラフォン, 混声合唱やシンセサイザーを含む)
 『
3つの楽章』(ただし, マリンバやヴィブラフォン, エレクトリック・ベースを含む)
 『
ザ・フォー・セクションズ』(ただし, マリンバやヴィブラフォン, シンセサイザーを含む)
4作品のみとなる.
 他に,4管編成の管弦楽曲 (ただしファゴットは不使用) として『
敬礼』(Salute, 1986) なる作品があったが, これは未完成に終わったか後に破棄されたようである.
 
 従って, 上記以外のライヒの作品は全てアンサンブル作品に属すると言えよう.
 
 その中で, 同種同族楽器のアンサンブル作品としては,
 『
ピアノ・フェイズ
 『
4台のオルガン
 『
拍手の音楽
 『
木片のための音楽
 『
6台のピアノ』,『6台のマリンバ
 『
二重奏
 『
名古屋マリンバ
 『
三群の四重奏
 『
マレット四重奏
などが挙げられよう. テープ再生を伴うものを含めれば
 『
ディファレント・トレインズ』,『WTC 9/11
もこれらに属する作品となる.
 
 それ以外のアンサンブル作品は, 互いに同一の編成をもたない多種多様の楽器の組み合わせをもつ. 唯一の例外は『
ランナー』と『ライヒ/リヒター』であり, この2作品における使用楽器は一致している.
 
 アンサンブル作品の中には, 声楽を含むものも少なくない. 声楽作品は, 声を楽器の一部として用いる作品と歌詞をもつ作品の2種に分類される.
 前者の例としては,
 『
ドラミング
 『
マレット楽器, 声とオルガンのための音楽
 『
18人の音楽家のための音楽
 『
大アンサンブルのための音楽
などが挙げられ, 歌詞をもつ声楽作品としては,
 『
テヒリーム
 『
プロヴァーブ
 『
シティ・ライフ
 『
汝の上にあるものを覚えよ
 『
3つの物語
 『
ユー・アー (変奏曲)
 『
ダニエル変奏曲
 『
旅人の祈り
などが挙げられよう.
 
 
ライヒの作品において, 特に使用頻度の高い楽器は, ピアノ, ヴィブラフォン, マリンバである.
 
 本稿で採り上げている63作品中, ピアノを使用する作品は28曲であり, そのうち22曲は複数のピアノを使用している. ヴィブラフォンを使用する作品は20曲であり, そのうち18曲が複数のヴィブラフォンを使用する. マリンバを使用する作品は11作品で, 利用台数は全て複数である.
 
 ピアノは楽器としての汎用性が高く, (クラシック音楽に限らず) 使用頻度が高い理由は納得できる. ヴィブラフォンはジャズにおいてよく用いられ, マリンバは民族楽器として使用されていたことに鑑みると, これら3種の楽器は (クラシック, ジャズ, 民族音楽に影響を受けた)
ライヒが望む音響空間を構成するのに相応しい効果的な楽器ということになるのであろう.
 
 この『
ザ・フォー・セクションズ』は, 4管編成の管弦楽に加え, ヴィブラフォン, マリンバ, バスドラム, ピアノ, シンセサイザーが各2台ずつ付加された編成から成る, 演奏時間にして25分ほどの音楽である.
 
 この曲における標題 (
4つの部分) は, 4楽章構成であることを表し, 4種の楽器群 (木管楽器, 金管楽器, 打楽器, 弦楽器) を表す. 後者に関しては, 第1楽章は弦楽器, 第2楽章は打楽器, 第3楽章は木管楽器と打楽器を中心に奏出され, 第4楽章は全楽器群のトゥッティで奏出されることを意味する (ただし, スコア
 

『ザ・フォー・セクションズ』スコア
(Boosey & Hawkes, 1991)
 
には楽章ごとのタイトルは付されていない).
 スコアを検討すれば, 楽曲構成においても細部まで配慮が行き届いた緻密な書法をもっていることが理解される.
 
 例えば, 各楽章は異なる調性 (またはスケール) をもつ
4つのセクションから構成される. すなわち, 各楽章とも,
 \((\alpha)\) \(\mathrm{\small{cis}}\)-\(\mathrm{\small{Moll}}\,\)の自然短音階
 \((\beta)\) \(\mathrm{\small{Cis}}\)-\(\mathrm{\small{Dur}}\,\)の旋律的長音階あるいはミクソリディアン\(\,\flat\!\:6\,\)スケール (ただし, 記譜上は\(\,\mathrm{\small{cis}}\)-\(\mathrm{\small{Moll}}\,\)のまま)
 \((\gamma)\) \(\mathrm{\small{Es}}\)-\(\mathrm{\small{Dur}}\,\)の旋律的長音階 (ただし, 記譜上は\(\,\mathrm{\small{es}}\)-\(\mathrm{\small{Moll}}\))
 \((\delta)\) \(\mathrm{\small{Cis}}\)-\(\mathrm{\small{Dur}}\,\)の旋律的長音階とスペイン音階の混合 (ただし, 記譜上は\(\,\mathrm{\small{Fis}}\)-\(\mathrm{\small{Dur}}\)) の4種類の和声 (音階)
がこの順の転調をもって現れるのである.
 ただし, 各楽章ごとに主題や動機は全て異なり, 各調性内で用いられる和音の構成音も完全に一致するわけではない.
 
 テンポに関しては, 第1及び第2楽章は♩=80, 第3楽章は♩=120 (後半部では単位拍が付点四分音符に変わる. リステッソ・テンポではあるもののテンポを上げたように聴こえる), 第4楽章は♩=180 であり, 終楽章に向けて次第にテンポを速めていく構成をとる.
 
 
この曲には (これまでの作品に比して) 特に真新しい特徴は見られないが, 私自身が好んで聴く音楽であるため, その構造について概要を記しておきたい.
 
 第1楽章は, 弦楽器群によるレガート風の旋律が提示され, その基本動機に基づくカノンにより形成される音楽である.
 ライヒの作品には珍しく
連続パルスが現れない. ライヒの作品の大半は, 旋律または和声の中に, 聴者に明確な拍感を与える (マルカートで奏出される) リズムパターンが含まれている. しかし, この第1楽章においては, 定型音列が終始レガート (テヌート) で奏出され, 後半部に現れる各ハーモニーの音価も長いため, 聴者に拍感を与える要素が存在しないのである.
 
 第1セクションでは, 最初に第1ヴァイオリンが

 

 
を基本音列とする三声の平行カノンを奏出する. 続いて第2ヴァイオリンが完全五度下で同様の音列に基づく三声の平行カノン, 更に, ヴィオラが第1ヴァイオリンの1オクターヴ下で基本音列を重ね, 九声のカノンが形成される. そこへ, 第1, 第2ヴァイオリンの一部とチェロにより, これらのカノンに基づく「オーヴァーラップライン」を奏出し始める.
 
 やがて, 金管楽器群, シンセサイザー, コントラバスにより, 長音価をもつ6種のハーモニー
 

 
を「連続型ディゾルヴシフト」をもって静かに遷移させ続け, そこへ木管楽器群もカノンや「オーヴァーラップライン」を加えるのである.
 
 これらが全てフェイドアウトすると, 途切れることなく第2セクションが始まる. まず, 第1ヴァイオリンが

 

 
を基本音列とするニ声の平行カノンを奏出する. 続いて第2ヴァイオリン, ヴィオラ, チェロも各二声の平行カノン (計八声) を加え, 上述した楽器群により長音価をもつハーモニー
 

 
が静かに現れ, 木管楽器群もカノンや「オーヴァーラップライン」を加えるのである.
 
 第3セクションも同様に, 基本音列
 

 
に基づく平行カノンと,
 

 
をハーモニーとして, 弦楽器と中心とする静謐で柔和な (ただし, 不協和音を含む不安気な) 音楽を奏でるのである.
 
 第4セクションも同様である. すなわち, 基本音列によるカノンとハーモニー (下記譜例参照) に基づいて構成され, フェイドアウトすると共に途切れることなく第2楽章へと進む.
 

 

 
 ヴィブラフォンとピアノの打撃音で始まり, 直後に同一音の連続パルスが現れる第2楽章冒頭部は,『六重奏』の第2, 第4楽章をそのまま模倣している.
 この楽章はスコアで僅か5ページほどの短い音楽であるが, 上述した \((\alpha)\) から \((\delta)\) への転調を2回繰り返す.
ヴィブラフォンのシンコペーションを含む基本音型 (譜例 (1)) によるカノンと重厚な和音をもつエネルギーに充ちた鋭い打撃音 (譜例 (2)) は,『六重奏』の第3楽章を想い起させるであろう.
 

 

 
 第3楽章は, \((\alpha)\) から \((\delta)\) の各セクションごとに性格の異なる基本動機が現れる (下記譜例参照).
 

 

 


 
 各セクションは全て, これらの音列に基づく三声の疑似カノン (各声部の動機は完全に一致するわけではない) 及び「(疑似) オーヴァーラップライン」(カノン内に現れない音も用いられる) により音楽は進行する.
 
 第1, 第2楽章と同様, 各セクションの後半部には連続パルスによるハーモニーが連続型ディゾルヴシフト」を伴ってフェイドイン, フェイドアウトを繰り返す (ただし, 現れるハーモニーのパターンは他楽章と完全に一致するわけではない).
 
 第4楽章は, 全楽章を通じて最も活気に充ちた音楽である.
 マリンバによる連続パルスの上に, ヴィブラフォン, 第2ヴァイオリン, ヴィオラが「
離散型ディゾルヴシフト」により (第1楽章の基本動機を想わせる) 定型音列を形成する. 続いてトロンボーン, ピアノ, チェロ, コントラバスにより (第2楽章を想わせる) 重厚かつ突き刺すような打撃音が加わり, そのエコーのような長音価の単音を木管楽器群や第1ヴァイオリンが高音域において奏出する (これは次第に「離散型ディゾルヴシフト」を経て終結部において息の長いハーモニーを形成する).
 
 後半セクションでは短音価のハーモニーをもつエネルギーに充ちたリズムが次第に音勢を強めていく. この
リズムパターンには楽譜上では規則性が判別できるが, 聴者にはランダムに聴こえるよう, 緻密に設計されたものである.
 
 セクション \((\delta)\) (\(\mathrm{\small{Fis}}\)-\(\mathrm{\small{Dur}}\)) に入ると属音上の「セヴンスサスフォー」すなわち "\(\mathrm{\small{C}}\sharp\,7\,\mathrm{\small{sus}}\,4\)" が執拗に続く. 終結部に至って主音上の \(\mathrm{sus}\!\:\!\:4\) に遷移し, それを最後まで持続したまま (低音楽器群を除く) 全ての楽器が一斉に八分音符を短く鋭く響かせることで, 断ち切るように音楽を終えるのである.
 
 この曲は,
サンフランシスコ交響楽団, マイケル・ティルソン・トーマス (Michael Tilson Thomas) の指揮により初演された.
 
 

 
ディファレント・トレインズ Different Trains 1988
 1980年代の最後に再びテープ録音を用いた作品が作曲された.
 『
ディファレント・トレインズ』は,「オーヴァーダブプレイ」すなわち事前に録音した3群の弦楽四重奏の演奏とライヴ演奏をする弦楽四重奏, それに録音テープ (声 (言葉), 警笛, 鐘, サイレンなど) の音響を加えた作品である.
 
 この作品の詳細について, スコアに記載されたライヒ自身の解説を引用してみよう.
 

『ディファレント・トレインズ』スコア
(Boosey & Hawkes, 1998)
 
 「私が1歳の時, 両親は離婚した. 歌手であった母はロサンゼルスへ移り, 弁護士の父はニューヨークへ残った. 彼らは分割親権を決めたため, 1939年から1942年に掛けて私は家庭教師を伴ってロサンゼルスとニューヨークを頻繁に往復した. 当時の旅は刺戟的で夢見心地であったが, もしヨーロッパに住んでいたならば, 私はユダヤ人として全く別の列車に乗る羽目になったであろう. それを念頭に置き, 状況を正確に反映させる作品を創ることを試みた.
 
 私は録音テープを次の手順で準備した.
 \(\,\,(\mathrm{i})\) 当時70歳代であった家庭教師のヴァージニア (Virginia) が私と共に列車で旅行した時の回想を記録する.
 \(\,(\mathrm{ii})\) プルマン (米国の鉄道会社) を退職した80歳代の元乗務員ローレンス・デイヴィス (Lawrence Davis) がニューヨークとロサンゼルス間を鉄道で往復して自身の生涯を回顧する様子を記録する.
 \((\mathrm{iii})\) ホロコーストから生還者ラチェラ (Rachella), ポール (Paul), レイチェル (Rachel) の声 (録音) を収集する. 皆, 私と同世代であり, 当時アメリカに住んでいて自身の経験を語っている.
 \((\mathrm{iv})\) 1930年代, 1940年代のアメリカとヨーロッパの鉄道関係の音の録音を収集する.
 
 テープ録音した音声と弦楽器を併せるため,
明確なピッチをもつ音声サンプルを選び, 正確に記譜した (下記譜例参照).
 

 
 従って, 音声は「スピーチメロディー」を形成する. 音声サンプルと列車の音はサンプリングキーボードとコンピューターを用いてテープ録音にまとめられた. 3群の弦楽四重奏の演奏も事前にテープ録音され, ライヴ演奏の四重奏が実演でこれに加わる.
 
 『
ディファレント・トレインズ』は3楽章構成であり, 途切れることなく連続で演奏されるが, 各楽章
 第1楽章 アメリカ~第二次世界大戦以前
 第2楽章 ヨーロッパ~第二次世界大戦中
 第3楽章 第二次世界大戦以後
の曲中においてテンポは頻繁に変わる.
 この作品はドキュメンタリーと実際の音楽の新たな方向性への出発を示す. それは, そう遠くない将来において
新たなドキュメンタリー・ミュージックビデオシアターの誕生を期待させるものである.」
 
 スコアには, その他に
 初演 クロノス・クァルテット (1988年11月2日, ロンドンのクイーン・エリザベス・ホールにて)
 録音 エレクトラ・ノンサッチ (Elektra Nonesuch 79176-2)
 委嘱 ベティ・フリーマン (Betty Freeman) からクロノス・クァルテットの演奏用に
 演奏時間 27分
の記載があり, 実演の際の奏者や機材の配置図, 必要となる事前録音の情報などが記載されている.
 

『ディファレント・トレインズ』CD
(Elektra Nonesuch 79176-2)
 
 各楽章内でテンポや調性が頻繁に変わる理由は, 使用されている音声言語の録音素材が基準となっていることから理解されよう.
 「
新たなドキュメンタリー・ミュージックビデオシアターの誕生を期待させる」なる記載は,『ザ・ケイヴ』,『3つの物語の創作を予言するものであろうか.
 
 第1楽章は, \(\mathrm{\small{d}}\)-\(\mathrm{\small{Moll}}\) の調号をもつ譜例 (i) のパラディドル音型の反復から始まる. これは, 完全四度, 完全五度, 短七度で構成される和音列から成る緊迫感を漂わせる音楽である.
 直後に高音と低音に声部が付加され (譜例 (ii)),
サンプリングされた鐘音 (昔の電鐘式の踏切を想わせる) や列車の警笛音 (\(\mathrm{\small{A}}\,\)音) が鳴り響く. これは, 空襲警報 (サイレン) にも似た極めて印象的な音響であり, 第二次世界大戦前の暗黒の時代へと (聴く者を) 強烈に引き込んで行く効果をもつ.
 
 この序奏部では (通常は整数値で指定される) テンポの指定に小数点 (♩= 94.2) が使われているが, 理由は定かではない. RM.6以降であれば音声素材の台詞のテンポに適合させるための設定と捉えられるが, この序奏部においては機械的なフェイズシフトをもつ (電気制御された) 鐘音しか用いられないからである.
 
  
  
 RM.6から転調し, ややテンポを挙げてヴィオラが (上述した) "from Chicago to New York." の台詞に沿った「スピーチメロディー」を奏出する. ヴィオラの音色に重ねるようにしてこの台詞が断続的に十数回反復される. この間, パラディドルの音型や \(\mathrm{\small{Des}}\)-\(\mathrm{\small{Dur}}\) における長七の和音は終始変わらない. RM.13から列車の警笛音 (\(\mathrm{\small{C}}\!\:\)音) が3回鳴り響く.
 すなわち,
一つの台詞 (音声) に対し, それに即した, 調性 (ハーモニー), テンポ,スピーチメロディー」, 特定のピッチをもつ警笛が割り当てられるのである.
 
 以下, 同様にして, 異なる音声素材 (台詞) を次々に提示しながら音楽は進行する.
 
 第1楽章において用いられる音声素材 (上述したヴァージニアとローレンス・デイヴィスによる台詞) とそれに付随する「スピーチメロディー」及びテンポは次の通りである.
 
 (1) "from Chicago to New York" (Virginia)
   「
シカゴ発ニューヨーク行き
  
 
 (2) "one of the fastest trains" (Virginia)
   「
最速列車の一つ
  
 
 (3) "
the crack train from New York" (Lawrence Davis)
   「
ニューヨーク発の急行列車
  
 
 (4) "from New York to Los Angeles" (Lawrence Davis)
   「ニューヨーク発ロサンゼルス行き
  
 
 (5) "different trains every time" (Virginia)
   「いつも異なる列車
  
 
 (6) "
from Chicago to New York" (Virginia)
   「
シカゴ発ニューヨーク行き
  
 
 (7) "in 1939" (Virginia)
   「1939年に
  
 
 (8) "
1939" (Lawrence Davis)
   「
1939年
  
 
 (9) "
1940" (Lawrence Davis)
   「
1940年
  
 
 (10) "
1941" (Lawrence Davis)
   「
1941年
  
 
 (11) "
1941 I guess it must've been" (Virginia)
   「
1941年のことであったと思う
  
 
 
 上記の譜例 (i), (ii) を次の (iii), (iv)
 

 
のように表すことにすれば (ただし, 白抜きの音は列車の警笛音として用いられるピッチを表す), 上記 (1)~(11) の「スピーチメロディー」には次の和声が対応する. これらのハーモニーはいずれもパラディドルのリズムをもって弦楽合奏により奏出される.
 

 

 
 やがて突如としてグリッサンドを伴うサイレンが鳴り響く. アタッカをもって第2楽章に入ったのである.
 
 楽曲は第1楽章とほぼ同様の構成をもつ. 弦楽合奏により奏出されるハーモニーはパラディドルのテンポを下げて倦怠感を醸し出しつつ進行し (下記譜例) , 音声素材 (台詞) とそれに付随する「
スピーチメロディー」が次々と提示されていく.
 

 
 第2楽章において用いられる音声素材 (上述したラチェラ, ポ-ル, レイチェルによる台詞) とそれに付随する「スピーチメロディー」及びテンポは次の通りである.
 
 (12) "1940" (Rachella)
   「
1940年
  

 
 (13) "on my birthday" (Rachella)
   「
私の誕生日に
  
 
   "
the Germans walked in" (Rachella)
   「
ドイツ軍が侵攻
  
 
   "walked into Holland" (Rachella)
   「
オランダに侵攻した
  
 
 (14) "
Germans invaded Hungary" (Paul)
   「
ドイツ軍がハンガリーに侵攻した
  
  
   "I was in second grade" (Paul)
   「
私は2年生だった
  
 
 (15) "
I had a teacher, a very tall man, his hair was concretely plasterd smooth" (Paul)
   「
髪を整えた背の高い先生が居た
  
  
 
 (16) "
He said black crows invaded our country many years ago" (Paul)
   「
数年前に黒い鳥が我が国を襲撃したと彼は語った
  
 
 (17) "
And he pointed right at me" (Paul)
   「
そして真直ぐ私を指差した
  
 
 (18) "no more school" (Rachel)
   「
学校は終りだ
  
 
 (19) "
you must go away" (Rachel)
   「
逃げなさい
  
 
 (20) "
and she said, "Quick, go!" (Rachella)
   「
そして彼女は「直ぐに行きなさい」と言った
  
 
 (21) "and he said, "Don't breathe!" (Rachella)
   「
そして彼は「息を殺して」と言った
  
 
 (22) "
into those cattle wagons" (Rachella)
   「
家畜列車に載せられ
  
 
 (23) "for 4 days and 4 nights" (Rachella)
   「
4日4晩
  
 
 (24) "
and they we went through these strange sounding names" (Rachella)
   「
そしてその後, 妙な響きの地名が読み上げられた
  
 
 (25) "Polish names" (Rachella)
   「
ポーランドの地名であった
  
 
 (26) "
lots of cattle wagons there" (Rachella)
   「
そこには多くの家畜列車があった
  
 
 (27) "they were loaded with people" (Rachella)
   「
大勢の人で犇いていた
  
 
 (28) "
they shaved us" (Rachella)
   「
彼らは我々の頭髪を剃った
  
 
 (29) "they tattooed a number on our arm" (Rachella)
   「
彼らは我々の腕に数字を彫った
  
 
 (30) "
flames going up to the sky it was smoking" (Rachella)
   「
空には煙を立てて炎が立ち昇っていた
  
 
 上記 (12)~(30) の「スピーチメロディー」には, 第1楽章と同様, 固有の和声が対応する. これらのハーモニーがいずれもパラディドルのリズムをもって弦楽合奏により奏出される点についても第1楽章と同様である.
 ただし, 楽章の最後尾 (RM.90-94) すなわち (30) のみパラディドルのリズムは姿を消し, ただ一つの和音 (下記譜例参照) が66小節間に渡って持続する.
 

 
 音勢は次第に弱められてフェイドアウトする. 楽章の末尾にはアタッカの記載があるが, 直前の2小節間はゲネラルパウゼである. 聴者はこの無音状態の部分において, 貨車に載せられた人々の凄絶で悲惨な運命に想いを馳せることになるであろう. この箇所にのみ用いられる蒸気機関車の素朴な警笛も機関車の吐く煙を想起させ, 台詞の内容と相俟って悲壮感や寂寥感を漂わせる絶大な効果を放っている.
 
 列車の警笛音は後半部 (RM.79) から現れる. この警笛音は, 第1楽章においては特徴のない通常の列車のそれとして表現されている (スコア上ではこれと併奏する弦楽器の長音価の音符が記されている) のに対し, 第2楽章におけるそれはピッチが高音域に引き上げられ, 音勢を増し, 更にクレッシェンドされ, 時にはヴィブラートも加わる.
 貨車に詰め込まれた
人々の悲痛な叫びともとれる緊迫感に満ちた音が聴者の心を強く揺り動かすように構成されているのである.
 
 これに加え,
グリッサンドを伴う高低差を設けられた2種類の太いサイレン音が醸し出す音響空間が一層効果的に悲壮感を煽り立てる.『砂漠の音楽』の第3楽章においてはヴィオラによるサイレン音が演出されたのに対し, この曲では実際のサイレン (を電子的にサンプリングした) 音が用いられる.
 
 スコア上にサイレン音の記載はない. 聴き取れるサイレン音は, 例えば上記譜例の (12) (RM.66) すなわち "1940"「1940年」の箇所においては下記譜例の通りであるが, これを (12a) のように長音価の音のみを記すことにすれば, 第2楽章に現れる二声のサイレン音は下記 (12a)~(30) のようになる.
 
  
  

 
 台詞に「家畜列車」が現れる (22) 及び (26) におけるサイレン音のピッチは一際高く設定されており, 聴く者の注意を引くであろう.
 
 第2楽章がフェイドアウトして少々の無音が挟まれた後, 突如としてチェロが軽快な音型を奏出する. 貨車に詰め込まれたホロコーストによる犠牲者達に想いを馳せていた私は, ここでハッと我に返る. 時代は変わり, 大戦後の情景を歌う第3楽章が始まったのである.
 
 第3楽章において用いられる音声素材とそれに付随する「スピーチメロディー」及びテンポは次の通りである.
 
 (31) "and the war was over" (Paul)
   「
こうして戦争は終わった
  
 
 (32) "and you sure?" (Rachella)
   「
本当に?
  
 
 (33) "the war is over" (Rachella)
   「
戦争は終わった
  
 
 (34) "going to America" (Rachella)
   「
アメリカへ行く
  
 
 (35) "to Los Angeles" (Rachella)
   「
ロサンゼルスへ」 
  
 
 (36) "to New York" (Rachella)
   「
ニューヨークへ
  
 
 (37) "from New York to Los Angeles" (Lawrence Davis)
   「
ニューヨーク発ロサンゼルス行き
  
 
 (38) "one of the fastest trains" (Virginia)
   「
最速列車の一つ 
  
 
 (39) "but, today, thet're all gone" (Lawrence Davis)
   「
しかし今は皆どこかへ行ってしまった
  
 
 (40) "there was one girl, who had a beautiful voice" (Rachella)
   「
美しい声の少女がいた
  
 
 (41) "and they loved to listen to singing, the Germans" (Rachella)
   「
彼らドイツ人は彼女の歌を好んだ
  
 
 (42) "and when she stop to the singing they said, "More, more" and they applauded" (Rachella)
   「
彼女が歌うのをやめると彼らは「もっと」と言って拍手した
  
 
 第1,2楽章における弦楽器群はこの「スピーチメロディー」に即したハーモニーをパラディドルのリズムで奏出したが, 第3楽章においては上記譜例のような「スピーチメロディー」自体が基本音列として反復される.
 パラディドルが現れるのは第1楽章と同一の台詞が現れる (37), (38) のみである. 因みに, (2)と(38), (4)と(37) は, 記譜上は異なるものの, 聴き取れる音楽としては全く差異のないものである.
 
 この楽章の終結部 (RM.159~) すなわち「
美しい声の少女がいた」の台詞が語られた後は, 3群の弦楽合奏のみによる美しさと物悲しさとを併せもつ音色が響く. 大戦の犠牲者となった人々へのレクイエムともとれる, 聴く者に感銘を与えずにはおかない場面である.
 
 次第に音勢を弱めていき, 例によって明確な終止形を示さないで曲を終える. 音が消えた後も, しばらく音楽の余韻が脳内に響き続けるであろう.
 

 
 なお, この曲には管弦楽版が存在する.
 フィラデルフィア管弦楽団とリヨン国立管弦楽団 (デヴィッド・ロバートソン指揮) からの委嘱を受け, ライヒは48の楽器からなる大規模なオーケストラ編曲版を作曲したのであった.
 

『ディファレント・トレインズ』(管弦楽版) CD
(Montiagne MO 782167)

 
 この管弦楽版は, デヴィッド・ロバートソン (David Robertson) 指揮, フィラデルフィア管弦楽団によって2001年に初演された. 上掲のCDは, ロバートソン指揮, リヨン国立管弦楽団により, 2003年に録音されたものである.
 
続く
 

 
 
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